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ぐらっぱ亭の遊々素敵

2004年から、主に映画、音楽会、美術展、グルメなどをテーマに書いています。

星 由佳子を聴きに

170220 昨年末、とんだハプニングのあった杉並公会堂の第九で共演(?)したメゾソプラノ星 由佳子が新橋のアルテリーベでデビューするというので、本降りの中、出かけた。

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何しろこの美貌と170cmを超える日本人離れした体型だから、人気が出ないはずがない。この日も、六時半頃に会場に着いたら、すでに満席状態。たまたまご両親と同じところに座らせていただいた。

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プログラムには、オペラ・アリア、シャンソン、ミュージカル、日本歌曲と実に多彩に並べてあり、この演目選定・組立には苦労の跡が窺える。アンコールにはカルメンからセギディリアを。

ソプラノに比べると、メゾ向きの演目が限られるので、一般的にはやや馴染みの薄いものも入れざるを得ないところが厳しい。客層にもよるだろうが、やはりある程度はポピュラーなものを持ってこないと、飽きられてしまいがち。今回、幸いにも一番後ろの正面向きのテーブルだったので、客の反応がつぶさに観察できて、大変興味深かった。

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荒削りながら、例えばファヴォリータからの「おお、私のフェルナンド」などは、低音域から高音域までのふり幅が半端でない中、どの音域もとてもよく響いていたと思う。伸び代が豊かだから、今後、どこまで成長していくか、大いに楽しみな逸材。

11月にはこんなリサイタルを予定されている。

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#6 (文中敬称略)

「家族の肖像」

映画

170220 原題:GRUPPO DI FAMIGLIA IN UN INTERNO 伊仏合作 121分 名匠ルキーノヴィスコンティの最晩年作。ヴィスコンティのきらびやかな作品群の中では、やや目立たない小品的な作品。1974年の作品だが、日本公開は1978年。なぜかリアルタイムでは見ていない。今回ニュープリントで岩波ホールで公開されたのを機に見に行った。

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ローマの高級住宅に住む、今は引退した教授(バート・ランカスター)のところに、ある家族が部屋を貸して欲しいと、半ば強引に移ってくる。これがまた一風変わった家族で、一見して気位の高そうな伯爵夫人というビアンカシルヴァーナ・マンガノ)、その愛人のコンラッドヘルムート・バーガー)、ビアンカの娘と、その婚約者という組み合わせ。

名画に囲まれた豪壮な書斎で、一人静かに読書したりして、余生を過ごすつもりだったので、貸すつもりまったくないと、にべもなく断るのだが、教授の目には、このトンデモ家族が徐々に新鮮に見え始めくるというから、世の中、分からない。

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コンラッドという青年もなにやらワケありで、最初のうちは教授をまったく受け付けないのだが、ある事件をきっかけに'68年の学生の騒乱にも関与した社会活動家らしいことを漏らしたりしたことで、教授との距離が縮まる。

いうなれば、古色蒼然とした因習の塊の世界に、突如モダンな考え方の群れが闖入し、やがてこの本来対立すべき対象が融合していく世界を、ヴィスコンティが、時に官能的なカットを挿入しながら、妖しく描き出したというわけだ。

ランカスターとバーガー(オーストリア人)以外はイタリア人というのに、全編英語だったのが気に入らない。これはイタリア語版で見ないとだめだろう。女中までペラペラ英語を喋られては、興ざめも甚だしい。

それにしても、この時代のヘルムート・バーガー(1944生)の美貌ぶりはどうだろう。アラン・ドロン(1935生)と、当時、美男ぶりを二分していたと思う。ただ、多作だったドロンに比べ、ドロン同様に可愛ってくれたヴィスコンティの作品のみに出演が限られていたバーガーは、日本でもやがて忘れ去れる運命だった。二人ともなお健在だが、今の姿は見たくないね。

シルヴァーナ・マンガノ(マンガーノは誤り。マにアクセント)も、「苦い米」(1948)がデビュー作で、製作者のディーノ・デ・ラウレンティスと結婚したが、ヴィスコンティパゾリーニに可愛がられたおかげで、結構いい作品に出演している。いい監督との出会いがどれほど俳優にとって大事なことか。黒沢に見出された三船敏郎もその好例だろう。

#9 画像はALLCINEMA on lineから。この時代の作品となると、ほとんどいい写真が残されていないのが残念!

第33回 5000人の第九コンサート@両国国技館

音楽

170219 愚亭にとって、多分最後となる国技館第九、今年で実に33回目となる。

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図らずも連続3度参加したこの第九は、今回が歌い納めとなりそうだ。マエストロは31回、32回が松尾葉子、今回が下野竜也。二人の第九に対する考え方の違いが明確で、歌う側としては、面白い経験ができた。

下野第九は、ベートーベンが指定した演奏速度にこだわりがあり、第4楽章の終演部の並外れたスピードには、初めて接した時は、会場がどよめいたほど。慣れてみれば、どうということもないのだが、それ以外の指揮者がかなりゆっくり目ということかな。

一般的には72分とされている(カラヤンはCDの長さをこれに合わせて72分とすることをソニーの当時の大賀社長に提案したとか)のだが、今回、手元の時計ではちょうど60分ということだから、どれほどのスピードだったか想像できるだろう。

ソリスト陣: 31回    32回    33回

ソプラノ: 佐々木典子 → 小林沙羅 → 半田美和子

アルト:  増田弥生  → 増田弥生 → 清水華澄

テノール: 大沢一彰  → 山本耕平 → 糸賀修平

バリトン: 福島明也  → 福島明也 → 福島明也

福島明也は、第12回を皮切りに、全部で17回も登場していて、国技館第九の主のような存在。

5,000人とは言うが、実際には4,800名弱。桟敷席を4人から3人へと余裕をもたせた関係らしい。「世界各国からもご参加」と、主催者は胸を張るが、日本に住んでいる外国人が参加しているのが実態。それでも計25名とは、立派な数字。その半分が、作曲家の出身国、ドイツであるのは、何となく納得だ。

それより、北海道から沖縄までほぼ満遍なく参加者がいる方が凄い。練習はそれぞれ地区ごとに行われていて、全員が集まるのは前日のただ一度だけで、しかもこの人数だから、ピタッと息が合う方が不思議なぐらい。その点、今回の下野マエストロのタクトの振り方は、実に豪快かつ明快で、団員からもすこぶる評判がよかった。

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昨年は椅子席を希望したら、土俵からはるか遠くで、オケの位置はまさに谷底を見下ろすような感じ。いささか恐怖心も覚えたので、今回はまた桟敷に戻してもらった。「向う正面9列14番」と言うのは、会場全体のおへその部分にあたり、マエストロが真正面に見える最高の席が割り振られた。

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今回、ソリスト陣が登場するのは、何と4楽章の演奏途中!!普通は3楽章が終わると入場するもんだが、いかなる意図があったのか、例の歓喜のメロディーがTUTTIになった頃合いを見計らって、左右から静かに定位置に。

いよいよ出番が近づき、周辺の爺さん連中、一斉にそわそわし始める。桟敷で立ち上がるのは結構コツがいるから、練習をしたのだが、それでもみっともない姿だけは皆見せたくないから緊張の一瞬。バリトンの福島さんの頭が動いた瞬間、狙い澄ませたようにパッと一斉に。同時に斜め上の4隅から眩しいばかりの大スポットライトが大合唱団を狙う。

今回は、バリトンに続く”フロイデ!”と唱和するのは、我々バスだけ、テノールは口を閉じているようにと指示が直前にあり、テノール陣はいささか落胆の様子。

まあまあ順調に進んでいるのだが、真後ろのおっさんがバスでもかなり高音域となるザイトゥムシュルンゲンから、調子が外れっぱなしとなる。前日のゲネでも気づいてたが、注意するわけにもいかず、気になって仕方なかった。また、斜め前の爺さんは強めに歌う場面で、いちいち頭だけでなく身体全体を大きく揺すって歌うから、これも視覚的に気になるし、どうにも弱った。

そして最大の難所のプレスティッシモヘと。トホターラウス・エリュジウムも何とか通過、最後のフロイデシェーナーゲッテルフンケンも、ゲネの時より上手く行ったようで、よかった、よかった。

この後、北海道から順に参加人員の発表があり、沖縄の14人の発表に一番大きな拍手が湧いたのは当然だろう。ちなみに東京は2,741名!またパート別にはアルトが最多で、2,346、ソプラノが1,503、テノール、394、バスが545、計4,788が今年の参加総数。

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あらかじめ渡されていたペットボトルのお茶でかんぱ〜い!!

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私服に着替えたマエストロとソリストたち。一人ずつご挨拶。マエストロは、笑わせるツボを心得た見事なトークを披露。実にお茶目でチャーミングだ。他のソリスト陣も、総じてトークがお上手で、場内、しばしば笑いに包まれた素晴らしい”打ち上げ”になった。

蛇足ながら、前夜、今回も一緒に参加したアプリコ第九合唱団有志で、前夜祭をやったのが、ここ。

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JR両国駅を出てすぐ右側にある場所で、昨年春までは「はなの舞」が入居していたのだが、昨年秋から、このように1階2階とも屋台村のような、いろんな居酒屋が入居するスタイルに変更されていた。我々は2階の「源ちゃん食堂」へ。そう言えば、先日「オテッロ」観劇後、打ち上げで使ったのも「源ちゃん食堂(オペラシティ店)」だったっけ。同じメニューがあったので、ちょい呑み@¥1,000と、飲み物をお代わりしてから、巨大おにぎりを食べて、@¥1,900也!

「陥没」@シアターコクーン(渋谷)

演劇・落語

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54歳だから、もはや若手ではないだろうが、鬼才ケラリーノ・サンドロビッチの舞台で、設定が昔の東京オリンピック前というところと、出演俳優の多さにも興味を持って渋谷に出かけたのだが、シアターコクーンはほとんど若い、それも女性ばかりで、少しばかり居心地が悪かった。

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言ってみれば、なんともバカバカしい内容ながら、笑わせるツボを心得た演出で、面白く見たのだが、取れた席がABC順でO列だったこともあり、ところどころ聞き取れないセリフがあったのが残念!やはり舞台は奮発してでも、前方で見ないと興味が半減してしまう。

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生瀬勝久、最近舞台、TV、映画と大忙しだが、この人の存在感はやはり大したもの。小池栄子も、大柄だけに舞台映えのすること!他の出演者も皆個性を大いに発揮して、トンデモの舞台になっていたのは確かだ。

かなり小柄で舞台上での見栄えはイマイチだが、水谷豊と伊藤蘭の娘、趣里(変わった芸名だ)がそこそこの存在感を示していた。そこへ行くと松岡茉優は、最近、テレビでは頑張っているが、顔といい声といい、没個性で、テレビほど目立ってないのが残念だった。まあ役柄もあるけどね。

歌劇「オテッロ」@新国立劇場中劇場(初台)

オペラ

170215

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素晴らしい舞台だった!もちろん応援している青栁素晴オテッロを聴きたくてチケットを購入していた。

さて、タイトルロールの青栁だが、出だしは必ずしも万全ではなかったかも知れない。この役、何しろ登場するやいなや、いきなり”Esultate! ・・・”「喜べ、敵はすべて海の藻屑となったぞ!」という詠唱が待ち構えているから、大変なのだ。だが、そこはベテラン、徐々にギアを上げて、終わってみれば、強く心に残る見事なオテッロになっていたのはさすがだ。

他に、オテッロに勝るとも劣らない重要な役のイアーゴ、どす黒い陰謀をめぐらす邪悪の象徴のような難しい役どころを、バリトン須藤慎吾が立派に勤め上げた。特に第2幕の「イアーゴの信条(クレード)」のド迫力は、オテッロの勢いを凌ぐほど圧倒的スケールの熱唱だった。派手な金管の伴奏を従えての歌唱は、さぞ歌っている方も心地よかっただろう。この演目、オケの効果的な伴奏で、バリトンのアリアとしては「リゴレット」の「悪魔め、鬼め!」を凌ぐほどのインパクトをもたらすように思える。

この実力伯仲の二人が、第2幕の終わりで歌う凄みのある「復讐の二重唱」には、まさに圧倒された。同じヴェルディの「ドン・カルロ」の二重唱「我らの胸に友情を」を彷彿とさせる。

第4幕の聴きどころは、なんと言ってもPiangea cantandoと抑揚のある旋律で始まる「柳の歌」だろう。フィオーレ・オペラ協会代表で、合唱団の団長でもあるソプラノの西 正子がここぞとばかり美声を響かせた。

冒頭、イングリッシュホルンの悲しい音色に、バスーンクラリネットが和し、哀調のある旋律を巧みに構成して行くところは、ゾクッとする。

デズデーモナが幼い頃に、母親の召使いで、男に捨てられたバルバラが、この歌を歌いながら死んだのよと侍女のエミリアに、問わず語りで説明するような内容を字幕で追いながら、なぜかフェデリコ・フェッリーニの代表作の一つ「道」(La Strada)のラストシーンを思い出していた。

フィオーレ管弦楽団・合唱団とも、Bravissimiの大熱演だったことも付け加えねばならないだろう。特に合唱団は、オテッロをやるにしては、人数が不足気味、とりわけ男性陣の苦労は並大抵ではなかったろう。最近合唱機会が増えた愚亭にはよく分かる。

そう言えば、フィオーレ・オペラ、5年前の「椿姫」を見ていることを思い出した。

#4(文中敬称略)