ぐらっぱ亭の遊々素敵

2004年から、主に映画、音楽会、美術展、グルメなどをテーマに書いています。

「ラブレス」

180412 NELYUBOV (ロシア語、英語タイトルはLOVELESS)127分 露・仏・独・ベルギー合作。監督:アンドレイ・ズビャギンツェフ

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愛のない中年夫婦が離婚することになるが、子供(12歳)の親権を押し付け合ううちに子供が失踪、必死の捜索の結果・・・。むき出しの大人のエゴが純真な子供を蝕むことにすら気づかない愚かな男女が辿る悲惨な末路。

晩秋の森、黒々と太い枝を絡ませる樹々の下を川が流れる平凡な風景をただ映し出して行く冒頭シーン。

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次は無機質な灰色の建物の長回し。無音。ミヒャエル・ハネケを思わせる映像が続く。実は、これ小学校の正門。しばらくすると、初めて音(声)が聞こえ始め、子供達が勢いよく走り出て来る。その中に主人公の少年、アレクセイも。

ここはモスクワ郊外のありふれた高層団地。一人っ子のアレクセイ、ぼんやり窓の下を見下ろしている。眼には生気が感じられない。連日のように両親の激しいやりとりを聞かされていれば、無理もない。やがてアレクセイにとって決定的な両親の会話を立ち聞きしてしまう。

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二人にはそれぞれ愛人がいて、この家も売りに出している最中。子供は新生活をスタートさせようと企む二人には”お荷物”でしかないのだ。愚かにも子供が失踪して初めて事の重大さに気付き始める。警察より頼りになるのは民間のヴォランティア団体。そこのリーダーのイヴァンがリーダー資質に溢れる素晴らしい人間で、このバカ夫婦とは対照的に描かれる。

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周辺を隈なく捜索するボランティアたちは、アレクセイが日頃親しくしている友達から聞き込んだこんな廃墟もその対象に。彼らの必死の捜索にも関わらず、虚しく時は流れ、初秋のモスクワ郊外には雪が降り始め、事態はいっそう悲惨さを増すばかり。

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モルグである少年の遺体と対面し、そこで慟哭する二人。「アタシは初めからあの子を手放したくなかったのよ!」って言うかお前が。結局、二人とも損傷激しい遺体を我が子のものとは絶対に認めようとしない。

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事件から数年後の真冬、色褪せた人探しのポスターがそのままに。

二人はそれぞれ念願だった愛人との新しい暮らしを始めているが、うつろな表情がすべてを物語っている。ラストのピアノの高音域を叩きつけるような音楽が恐ろしいほど胸を締め付ける。

この監督、極めて寡作で、2003年の「父、帰る」は見ているが、その後日本公開となったのはたったの3本。数年おきというペース。いずれも世界共通の親子の問題を取り上げた重々しい社会派ドラマ。

現代のロシア人の生活ぶりが紹介されているところも興味深い。車内で誰もがスマホを見ているのも日本と同じ。スーパーでのレジ風景もわれわれのものと変わらないし、住宅環境にもかなり共通点が見られる。ただし、メンタリティー、精神性は大違い。我々から見ると辟易するほど自己主張が強い。日本人の方が逆にマイナーな民族性だろうが、まあそれはそれで幸いだ。

#28 画像はIMDbから

 

 

「ウィンストン・チャーチル/ヒトラーから世界を救った男」

180409 DARKEST HOUR イギリス 125分 監督:ジョー・ライト

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チャーチルほど毀誉褒貶がはっきりしていた人物も珍しい。この作品では、彼の最も輝かしい一瞬に光を当てた感じがする。実際、5月のほぼ1ヶ月間の出来事だけを紹介している。そこがこの作品が大成功した最大のポイントではないか。フラッシュバックも使っていないし、ひたすらこの1ヶ月でのチャーチルだけを追っている。

一言で言えば、持って生まれた運なのだろう。まさに歴史の大きな転換点、それも世界中を巻き込んでの舞台だけに、心憎いばかりの千両役者である。

確実に迫り来るヒトラーナチスに、ほとんど蹂躙されかかった英国、誰もがそれを覚悟した時、まるで天啓を得たかのように吠えた男。それがウィンストン・チャーチル

ま、実態はほとんど一か八かの賭けのようなものなのだ。見ている我々も、対抗馬の外相、宥和派のハリファックス卿の主張の方が正しいのでは、と思えるほどチャーチルに不利な状況だ。すなわち、一刻も早く、依然として態度不鮮明なムッソリーニを介してヒトラーと和平交渉に入り、ダンケルクで立ち往生している33万人を救おうというのがハリファックスの主張。

映画では、崖っぷちのチャーチルが夜遅く国際電話でアメリカのルーズベルト大統領に力を貸してくれと懇願する場面が印象的。当時、アメリカは武器輸出ができない条約発動中で、断られてしまう。

ただ葉巻を吸い続けるチャーチル、まずは国王ジョージ6世が、それまで彼を嫌っていたのに、逆に励ます側に、そして市井の人々の声を聞けと告げる。もちろん、チャーチル夫人のクレメンティーンも時折弱音を吐くウィンストンに、しっかりせよと強くゲキを飛ばし続ける。

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⬆︎突然地下鉄に乗車してきたから、乗客はびっくり。ここで、普通の人々から聞けた話が彼に勇気百倍をもたらす。(チャーチルが地下鉄に乗ったという記録はなく、これは映画のためにつけたした監督の創作。ちょっとやりすぎかも)

こうして決断したチャーチル、あとは決めた道をひた走る。

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⬆︎国会での大演説で、圧倒的な支持を得て得意満面のチャーチル。これでハリファックス提唱の宥和策は立ち消えとなる。この場面のセットは本物より一回り小さいらしいが臨場感たっぷり。

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⬆︎有名なVサイン。初めての時は手の甲側を向けたから、それが何を意味するか、秘書から聞かされて大笑いする挿話が紹介されている。

民間から280隻ものボートを調達し、それがダンケルクの奇跡につながる。(だが、そのために4,500人ものカレー守備隊をまるまる犠牲にするが)順番は逆だが、「ダンケルク」を見ておいてよかった。(1942年のウィリアム・ワイラー監督の「ミニヴァー夫人」でも、ダンケルク救出作戦場面が登場する)

こうして息を吹き返した英国は、その後のバトル・オブ・ブリテンでも勝利し、奇跡の逆転勝利を収める。

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アカデミー主演男優賞を獲得したゲイリー・オールドマンは、1年に亘って徹底的にチャーチルを研究し、表情、仕草、癖、声音、etc.を完全に自分のものにしたようだ。奥さんをして「寝る時はチャーチル、起きる時はオールドマンが隣にいるの」と言わしめたほど。葉巻を1年で3万ポンド(450万円)も吸い続け、撮影終了後、大腸ガンのチェックを受けたほどだそうだ。

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メイクアップ・アーティストの辻一弘はこれでアカデミー賞受賞となった。彼の才能を信じたオールドマンの凄さ。確かにどんなクローズアップでも、まったく分からないほど微妙な肌の質感、頭髪の自然さには脱帽だ。目がクロースアップされるとオールドマンと気づくが、喋り方、姿勢、メガネを下げて上目遣いの表情などは我々がよく知るチャーチルそのものだ。

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夫人役はクリスティン・スコット・トーマス。気品と芯の強さを持つこの役にはぴったりのキャスティング!間もなく還暦を迎えるとは思えない。英国人だが、フランスでの生活が長く亭主もフランス人ゆえ、完璧な英仏バイリンガリスト。

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ジョージ6世役を演じたのは唯一英国人でない俳優、ベン・メンデルソーンメルボルン出身のオージー。顔がジョージ6世に似ているからという理由で抜擢されたらしい。

国王との朝食会で、ほとんど食べ物に手をつけない国王とは対照的に、朝からワインは飲むはステーキは食べるは葉巻は吸うは、やりたい放題。

チャーチルはもともとジョージ6世の兄にあたるエドワード8世を支持していて、例のシンプソン夫人との愛を貫くために退位することに大反対だったこともあり、ジョージ6世はチャーチル嫌いだったそうだ。

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⬆︎タイピストというより、ほとんど秘書のような役回りだったミス・レイトン(リリー・ジェームス)は実在の人物で、もっとも身近な存在。ある意味、夫人よりもチャーチルを理解していたかも。「ダウントン・アビー」、「シンデレラ」、「戦争と平和」など立て続けに日本でも紹介されているが、こうした地味な役も悪くない。

タイプライターの脇にある写真にチャーチルが気が付き、「恋人?」と聞かれ「いや兄です。ダンケルクで戦死しました」と告げたときの場面がなんとも泣かせる。

飽きることなく画面に釘付けの125分だった。

#27 画像はIMDbから。

麻布十番のイタリアン

180404 久しぶりのグルメ記事。テーブルに並ぶ食べ物、飲み物の写真撮るのはいつ以来だろう。

最近、介護付き高齢者マンションに引っ越した学友と、まえまえから話題にしていたイタリアンへ。同じ麻布十番でピッツェリーアを経営しているW氏が本格イタリアンを近所に構えたことは聞いていたのだが、なかなか行く機会がなかった。

20席ほどの小ぶりのレストランで、ビルの9階ということだから、ピッツェリーアの常連客から流れてくる客が大半なのだろう。階下の看板もごく小さく、一見さんが入ってくることは想像できない。まずは食前酒としてスパークリングワインをいただきながら、プリモピアットを待つ。出てきたのが、このいかにもヌーヴェルキュイジーヌ風の前菜。鯛のカルパッチョ、赤く見えるのはオレンジ。周辺のソースはバーニャカウダ。

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勧められた白ワインは、TREUVE(三つのぶどう)と書いてある通り、シャルドネカベルネ・ソーヴィニョンなど3種のぶどうによるワイン。軽めの喉越し。

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パスタは桜えび入りスパゲッティ、これがすこぶる美味!器がまた凝っていること。

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ワインは上質のキアンティ。

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主菜はヴィテッロ(子牛肉)とリゾット。だいぶ小さくカットしてもらって、高齢者の胃袋にはぴったり!

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エスプレッソをいただいて、@¥9,000。コスパ、高いほうだろう。

来る前に彼の部屋でも白ワインを少々飲んできたから、総量としては、少しばかり限界を超えたか、帰路の足取りの重いこと。

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9階からの眺望。六本木ヒルズがやや左に。

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少し右に振ると、六本木ミッドタウン(最近、日比谷にもミッドタウンが出来たから、いちいち六本木とつける必要が)

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さらに右方向に移行すると東京タワー。

夏にはテラスにテーブルを出して、夜景を楽しみながら食事もできる。9階だから、虫もあまり飛んでこないから、結構いい雰囲気かも。

「ペンタゴン・ペーパーズ/最高機密文書」

180402 THE POSTワシントン・ポスト紙のこと)米 116分 製作・監督:スティーブン・スピルバーグ

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こういう作品を観ると、日本社会のアナクロニズムが大いに身につまされる。

堅忍不抜の精神で権力に立ち向かう勇気ある人々がいるアメリカは、やはり健全な国家と言えるのだろう。ただ、それだけに今の政権に失望する人々が多いのもまた事実。

これは半世紀近くも前の1971年に発覚したスキャンダル(負けることを知りつつベトナム戦争に突入し泥沼化させた)を報道するに至った一地方紙を扱った実話である。その結果が、そのままウォーターゲート事件に繋がる。ラスト・シーンは、まさにそのシーンだ。2月末に見たリアム・ニーソン主演の「ザ・シークレットマン」は、元CIA長官だったディープスロートと呼ばれた人物が明かした衝撃の事実を扱った作品だが、本作を見てから、そっちを見れば、より理解が深まったかも。

当時、矢面に立ったニクソンは、徹底的にワシントン・ポスト紙やその社主キャサリン・グラハム(メリル・ストリープ)に嫌がらせをし、圧力をかけようと部下に檄を飛ばす場面が終盤に出てくる。ホワイトハウス大統領執務室、後ろ姿でそれと分かるニクソンの声は本人の声にそっくりで驚く。

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主役のキャサリンは、政界にも親しく家族ぐるみの付き合いをする人物が多く、当時の国防長官、ロバート・マクナマラブルース・グリーンウッド)もその一人。「個人的に親しくても、書くときは書くわよ」と事前に仁義を切りにふらっとマクナマラ邸を訪れる。当然、「そんなことをしたら、どうなるか分かるか、ケイ?ニクソンは全精力を傾けて、おたくをつぶしにかかるぞ!」と反論される。彼女の決意は揺るがない。

ちなみに、グリーンウッドは前出の「ザ・シークレットマン」ではニューヨーク・タイムズの記者として出演していて、ディープスロートから真相を聞き出す役を演じたばかり。

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ペンタゴン・ペーパーズ掲載に踏み切るかどうか、輪転機が回る直前までキャサリン宅で反対派が「あなたは歴史ある我が社を潰すつもりか!社主でもそんな横暴は許されない!」と詰め寄るシーン。そして、最後に言い放つキャサリンのセリフが格好いいのだ。泣きそうになる。寝巻き姿の彼女、その後、「私、寝るわ」と一言。

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全員固唾を飲んで裁判の結果を待つ。「報道機関は国民に仕えるものであり、政権や政治家に仕えるものではない。」という判事の判決が素晴らしい共感を呼ぶ。

共演のトム・ハンクスワシントン・ポストの編集主幹を演じるが、現在61歳で、50歳の役だから、当然メイクはしているのだが、これが不自然。例のアカデミー賞を取った日本人にメイクをやらせておけばもうちょっとマシだったのに。

2年前に見た、ボストン・グローブ紙がカトリック神父の子供への性的虐待を記事にするかどうかで揉めまくった「スポットライト 世紀のスクープ」を思い出した。

この邦題はまあまあ。ただペンタゴン・ペーパーズだけでよかったのに!原題のザ・ポストだけでは、アメリカ人以外にはなんのことやら。

#26 画像はIMDbから。

二つのミサ曲を杉並公会堂で鑑賞

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地元合唱団の団員が出演することもあって、行くことになった。聴く機会も割りに少ないし、合唱で歌ったこともないので、興味、大ありの舞台。マエストロ砂川の米寿記念コンサートでもある。豪華なソリスト陣も知っている方々ばかりで、それも楽しみだった。

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迂闊にもこのマエストロのこと、ほとんど何も知らなかったが、解説を見ると大変な大御所ではないか。ソプラノで、主催のオフィス・アプローズを立ち上げられた稲見里恵は、その秘蔵っ子でもある。

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オフィス・アプローズは年に数回、このような規模の演奏会を開催してきているが、その都度結成されるのがコア・アプラウスという合唱団で、自分が所属する合唱団のメンバーはそこにほぼ毎回出演している様子。この秋にも興味深い公演があり、合唱団員を募集しているようだが、練習会場が少しばかり遠いので、今の所二の足を踏んでいる。

モーツァルトのミサは30分程度の演奏時間だが、後半のシューベルトはちょうどその倍の演奏時間。前半は、あまりの心地よさで何度か睡魔に襲われたが、後半はしっかり聴いた。

上の解説によれば、1828年、亡くなる(腸チフス、梅毒?)数ヶ月前に作曲したというから、どのような想いで作曲活動をしていたのかと思うと、切なくなる。当然ながらモーツァルトのそれとはまったく異なる曲想で、暗く激しい。とりわけアニュス・デイなどは、「これが?」と思うほど。次は自分でも歌ってみたいと思いで聴き終えた。

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すでに足元がおぼつかないマエストロに優しく手を差し伸べるアルトの喜田美紀の姿が印象的。⬆︎は3度目のカーテンコールで、まっさきに退場するソプラノの稲見里恵。男声陣、向かって左から山下浩(バス)、川久保博史テノール、なぜかチラシから名前が抜け落ちている)、岡本泰寛テノール)。

#22 文中敬称略