ぐらっぱ亭の遊々素敵

2004年から、主に映画、音楽会、美術展、グルメなどをテーマに書いています。

「レ・ミゼラブル」

2003 LES MISÉRABLE 2019 仏 104分 脚本・監督:ラジ・リ(マリ生まれ、アフリカ系フランス人 41歳)

f:id:grappatei:20200319095823j:plain

凄い作品が出現!パリ近郊モンフェルメイユにある、荒れ果てた団地が舞台。住人は最低限の生活を強いられている、主としてアフリカ系移民たち。見るからに中も外も荒れに荒れ果てている。そういう環境でしか生きられない底辺の人々の苦しみ、悲しみ、怒りなどを余すところなくすくい上げて映画は作られている。実際にこの街で暮らしている人物が作り上げた作品だからこそだ。

既視感たっぷりなのは、パリ近郊にここ数十年の間にいくつか出現した団地が舞台になった作品は、すでにいくつか作られていて、多分その大部分は見ていると思う。しかし、本作ほど、鋭く細部まで抉り出した作品はこれまでなかった気がする。この監督だからこそ可能だった作品である。カンヌ映画祭審査員賞受賞作品。

f:id:grappatei:20200319100532j:plain

悪ガキども。右端の子が警察のゴム弾を顔に受け、事態は急変。

f:id:grappatei:20200319100628j:plain

準主役の地元警察の見回り隊。緊張の日々。悪ガキたちと全面対決へと。

f:id:grappatei:20200319100806j:plain

見るからにオタクの少年。ドローンで撮影するのが趣味。重要な鍵を握る。

f:id:grappatei:20200319100850j:plain

サーカス一座の荒くれたち。ライオンの子を悪ガキにさらわれたと主張。緊迫する。

住民、警察、宗教界の大物、地元顔役、それにサーカス一座まで加わって、画面は常に緊張している。終盤、警察側にとって想定外の事態に発展する。最後は暗転して終わるため、結果予測は見るものに任せるという手法を取っている。少年が手にしている火炎瓶は???

こののタイトルだが、舞台となったモンフェルメイユという土地は、ヴィクトル・ユゴーが不倫の罪で当時流刑地だったこの土地へ流され、ここで「レ・ミゼラブル」を書いたことに因む、と監督自身が話している。

エンディングで、友よ、よく覚えておけ、悪い草も悪い人間もない、育てる者が悪いだけだ」というヴィクトル・ユゴーの言葉がぐっと印象に残る

f:id:grappatei:20200320095606j:plain

ラジ・リ監督(右)と市長役の俳優(左)

#12 画像はIMDbから。

「リチャード・ジュエル」

200316 RICARD JEWELL 2019 米 131分 製作・監督:クリント・イーストウッド

f:id:grappatei:20200317104637j:plain

間もなく90になろうとする監督が作った作品とは思えない。そう言えば、日本でも100歳で亡くなる前の年に「一枚のはがき」を撮った新藤兼人という凄い監督がいたが。

1996年アトランタ・オリンピックの時に起きた爆破事件を扱った作品。第一発見者であるリチャード・ジュエル(ポール・ウォルター・ハウザー、この役のために10kg増量)という警備員が、当初その英雄的行動により、事故を最小限に留めたとして英雄扱いされるが、一夜明けたら、容疑者扱いという、よくある冤罪を描いている。

結局、第一発見者=犯人説という、単なる過去の事例からいい加減な解釈で動いたFBIの大失態なのだが、地元メディアをFBIがうまく抱き込んでジュエルを犯人に仕立て上げたことがやがて明らかに。

主役のジュエルと言う男、いわゆるオタクタイプで、アメリカ人の中でもかなりの肥満タイプ、ゆったりした口調など外見的にはいかにも誤解されやるいところが災いしたのは間違いない。そうした点を、見抜いていた昔の職場仲間で、現在は弁護士をしているワトソン・ブライアント(サム・ロックウェル)が彼の弁護を引き受けたことで、事件解決に繋がった。

見るからに鈍重そうな立ち居振る舞いにも関わらず、なかなか機転も利くし、母親思いで、かつ従順なジュエルが、実は事の本質を見抜いていて、見事に権力に一矢報いるくだりは胸のすく思いがする。

事件から7年後、真犯人が逮捕される。ジュエルは警察官として出世しているが、44歳の若さで亡くなる。(肥満が一因かも?)FBI捜査官とつるんででっち上げ記事を書いた地元紙のジャーナリスト(オリヴィア・ワイルド)も、自分が犯した罪の深さから薬物中毒にかかり早死にしている。

f:id:grappatei:20200317115218j:plain

撮影風景。90歳近いクリント・イーストウッド、矍鑠然。

冤罪事件は、国内外を問わず珍しくないが、一夜にして英雄から容疑者という扱いは珍しい。それにしても、FBIや検察というところは、このようにして犯人をでっちあげていくという典型例を見せつけられたようで、そのおぞましさには戦慄を覚えてしまう。

#12 画像はIMDbから。

「スキャンダル」

200311 BOMBSHELL(爆弾)米 109分 監督:ジェイ・ローチ

f:id:grappatei:20200312102348j:plain

キャプションにあるハリウッド至高の三大女優はいくら何でも、言い過ぎ。二人はともかく、マーゴット・ロビーは無理!

平凡な展開だ。ただ、ニコール(52)とセロン(44)の競演が楽しみででかけた。ロビー(30)は、まあどうでもいい。二人は実在をモデルにしているが、ロビーの役は脚本段階での付け足し。だが、これがすこぶる重要な役割を果たしている。

しかし、展開が小気味好いというか、結構早いテンポで戸惑う。まさに最近みた戦争映画「1917」とは対照的なカット割りで、前半はなかなかついていけない。この話に精通しているアメリカ人にとっては、どうということはないんだろうが、我々にはそうは行かない。それでも主役級たちの個性の強い演技力、衣装の素晴らしさ、そしてメイクの強烈さで、見応えは十分!

f:id:grappatei:20200312103015j:plain

3人が目の演技だけで火花を散らすエレベーター内のショット

実際に起きた米テレビ業界をある意味揺るがしたセクハラ事件を扱っている。つい昨日、禁錮23年の判決が下ったハーヴィー・ワインスタイン事件より1年前の告発だったことは知らなかった。事件概要→ 米FOX、セクハラで和解

中心人物は二コール・キッドマン演じるグレッチェン。セクハラには屈しなかったために、人気番組から引きずり下ろされる結果となり、思い悩んだ末、その先の人生も考えれば今しかないと、CEOのロジャー・エイルズ(ジョン・リスゴー)の告発に踏み切る。当然、会社は首に。

f:id:grappatei:20200312105913j:plain

ニコールさん、まだ52だが、やはりそれなりに・・・で、ちょっと残念。

彼女のとった行動が社内外で激しい論議を呼ぶことになったのは当然の帰結だが、その行動に勇気を得た、同じ被害を受けた女性が何人か。その一人が、こちらもたいそう辣腕を振るっていたメーガン・ケリー(シャーリーズ・セロン)。

f:id:grappatei:20200312110247j:plain

シャーリーズ・セロン、44歳。相変わらず切れのいい演技とスタイル。

FOXを揺るがした事件も、結局この期に及んで和解しかエイルズ側には選択肢がなくなり、挙句に社主であるルパート・マードックマルコム・マクダウェル - 大した存在感!)に引導を渡される。

セロンは製作にも名を連ねているが、もともと彼女自身のプロダクションに持ち込まれたプロジェクトだったとか。キャスティングにも関与していて、相手役に二コールやロビーが適役と思っていたらしい。すでに腕利きのプロデューサーかも。

f:id:grappatei:20200312111045j:plain

エイルズ役のジョン・リスゴー、特殊メイクの凄さ、まざまざ!

f:id:grappatei:20200312111135j:plain

本当のリスゴーはこの通り!KAZU HIRO(辻一弘)はここでもアカデミー賞を。

f:id:grappatei:20200312111253j:plain

メイクのメイキング画像

f:id:grappatei:20200312111411p:plain

実際のエイルズと、和解したグレッチェン・カーソン

まあ、それにしても、米のこの業界での女性の活躍ぶりを思い知らされたのは本作だけではないが、彼我の差を改めて見せつけられる思いに。男性以上にタフであり、しかもちゃんと家庭もしっかり築いているからねぇ。

それにしても、この邦題はつまらない。なんか妥協の産物のようだ。とは言え、原題の爆弾も、まさか、このままでは日本では使えないし。もう一捻りできなかったのか。スキャンダルと題する作品、数知れず。ちなみに、マーゴット・ロビーを初めて銀幕で見たのは「アイ、トーニャ、史上最大のスキャンダル」。しかも、この時、トーニャの母親役を演じてアカデミー助演賞をとったのが本作でエイルズ側の弁護人を演じたアリソン・ジャネイ

ついでだが、面白いことに3人ともアメリカ人ではない。二コールはハワイ生まれのオーストラリア人、セロンは南ア、ロビーもオージーである。

#10 画像はIMBdから

「ジュディ 虹の彼方に」

200309 JUDY 米 118分 監督:ルパート・グールド

f:id:grappatei:20200309151830j:plain

ジュディー・ガーランドという女優、実はよく知らなかったと言うことが、本作を見てよくわかった。もちろん幼少時に出演した出世作オズの魔法使い」は後年何度か見てはいるが、せいぜいその程度。「スター誕生」も見たのか、記憶が定かでない。多分、あまり興味がなかったせいだろう。

映画自体より、主題歌「虹の彼方に」を歌った女優として人気が高まったようにも感じられてならない。それを本作の邦題にも使っているし、上の画像にもTHE LEGEND BEHIND THE RAINBOWと謳っている。

時の名子役シャーリー・テンプルを押しのけて、オズの主人公に大抜擢される際の逸話が紹介されたり、肥満体質対策で徹底的にMGMにダイエット管理されたりする子役時代もフラッシュバックとして出て来るが、二番目の夫、ヴィンセント・ミネリと別れ、三番目のシドニー・ラフトとの間にもうけた娘と息子の親権を巡り、双方弁護士を立てて争う晩年のジュディを主として描く。

f:id:grappatei:20200309155304j:plain

結局、子役時代から飲み続けた肥満抑制剤の副作用で不眠症を発症、そのため睡眠薬を常用するという悪循環が長く続いたため、精神的にも不安定となり、当然歌唱にも悪影響を与えるという、歌手・女優生活を脅かす事態に。経済的にも追い詰められたジュディ、人に勧められ、子供を残してロンドンでの興行に再起を賭けるが・・・。

当時ソーホー地区にあったThe Talk of the Townというナイトクラブ(現在はロンドン・ヒッポドロムというイベント会場)が彼女の最後の舞台となった。(最後の最後はコペンハーゲンだったらしいが)

生涯5度も結婚するが、徹底的に男運が悪かったようだ、というか彼女に男を見る目がなかったのかも知れない。ライザ・ミネリ(73)は、劇中、ちょっとだけ登場するが、本人はゼルヴィガーとはまったく面識がなく、またこの作品をいっさい認めようとしなかったらしい。

ジュディ・ガーランドがなくなった1969年にゼルヴィガーが生まれているのも奇縁だ。享年47だったというのが泣かせる。(演じたゼルヴィガーは49歳。)

f:id:grappatei:20200309161515j:plain
ゼルヴィガーは本作クランクインの1年前ぐらいからせっせと歌の特訓を受けただけあった、見事な歌唱を披露している。ひところにくらべぐっとスリムになっているからガーランドに近い体型で、しかも鼻の先端部分を特殊メイクでそらしていて、特に下からのショットでは、かなりガーランドそっくりに見える。

ラストはさすがにうるっときてしまう。

#9 画像はIMDbから

「オペラのアンサンブルを楽しもう#9」@音楽の友ホール

200306

f:id:grappatei:20200307164722j:plain

せっかくチケットを購入していたのに、コロナに恐れをなした姉が行かないというので、代わって愚亭が。このホール、前回いつ来たか記憶にないほど、久しぶり。天井が高く音響は悪くないが、床面がまったくフラットで、椅子の配置も、前列席と席の合間に後列席をセットするなどの配慮がされていないから、視覚的にはやや難ありという印象。

事前に告知があったが、入場時に手の消毒とマスク着用の要請があった。概ね8割の席が最終的に埋まっていたようだ。

f:id:grappatei:20200307170711j:plain

このシリーズの存在は関 定子ファンの姉を通じて知っていたが、自分は初めての鑑賞。よく知るソプラノ、坂野由美子を聞く楽しみもあるし、有名オペラの重唱を集めたプログラムにも大いに惹かれて、神楽坂まで参上した次第。

関 定子は別格として、安定した力量を持つ中堅歌手たちによる重唱がずらりと並び、聞き応えたっぷりの90分。アンコールは「こうもり」から「シャンパンの歌」で賑やかに締めた。これも事前に知らされていたが、終演後のファンとの交歓なし、ということで、座長の関 定子が舞台上から客席に向かって挨拶。「お名残惜しゅうございますが・・・さっさとお帰りください!」

それにしても、少々語弊があるのを承知で言えば、関 定子というソプラノは、まさバケモノのようで、結構な御年であるはずだが、それを微塵も感じさせない艶やかな音色、低音から最高音までの滑らかな発声で、まことに恐れ入りますである。

今日はびっくりするような邂逅が。開演の前に登場した主催者、はて、どっかで見たお顔。その後に登場した演出家が名前を出したので、確信が深まり、休憩時間にそのH女史に話しかけると、果たせるかな半世紀前にパリでお会いした人物と知り、しばし昔話に興じた次第。今は、音楽事務所を経営しているというから立派である。

今日は我が姉のおかげで、思いがけない、貴重な体験を積むことができた。

#8 文中敬称略