ぐらっぱ亭の遊々素敵

2004年から、主に映画、音楽会、美術展、グルメなどをテーマに書いています。

「草原の椅子」

130225 109シネマズ川崎 

遠くには雪をいただくカラコルム山脈が、足下には雪解け水の流れる小川、のんびり道を塞ぐばかりにして移動するヤギの群れ、屈託のない笑顔を見せる子供達、深い皺の刻まれた表情の村の古老たち、春には薄いピンクの花が満開になるアンズの木々、夜は満点の星の下、まさに桃源郷の趣のフンザ(パキスタン北西部、アフガニスタン新疆ウイグル自治区タジキスタンとの国境寄り)。人はこういうところで過ごすうちに、何か運命的なものを感じたり、これまで長く悩んできたことへの踏ん切りが着いたりするものらしい。

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いずれも過去のちょっとした行き違いから愛する人と決別して、その傷が癒えることのない、どちらかと言えば不器用な男二人と女一人、そしてひょんなことから育てることになってしまった、母の虐待がトラウマになってまともに口もきけない幼児。今、フンザに来て、はっきりと自分たちの将来が見えたようだ。

見事なカメラワークで切り取られたフンザのこの上なく美しい風景の数々が、ドラマの持つ前半の重苦しさから解放してくれ、エンディングをどこか清々し気分にさせてくれる。

エグゼキュティブ・プロデューサー、原正人が書いた文芸春秋のコラムによれば、奇跡的に映画化にこぎ着けたようだ。それほど宮本輝原作のこの話は思い入れが深かったが、映像化にはいくつも難題があったようだ。それがうまいこと「八月の蝉」の成島出監督がメガフォンを取ってくれることになり、あとはトントン拍子だったとか。

確かに、フンザのようなアクセスの難しい海外ロケがあるし、この自閉症を演じる子役の問題もあるしで、難航したことは容易に想像できる。それにしても、凄い子役がいたものと思う。この作品の成功の鍵を握ると言ってもいいほどの役だから。大人達もそれなりに好演しているが、貞光奏風という古風な名前の子役には及ばないだろう。そう言えば、てめえの都合だけで我が子を平気で捨てる身勝手な母親を、小池栄子が、うまく演じている。

このタイトルだが、主役の一人、富樫(西村雅彦)の父親が故郷で家具職人をやっており、現在は身障者用に,例えば左右非対称の椅子を、患者の病状に合わせて根気よく作っていて、その一つを故郷の草原に置いて、写真屋の富樫が撮影した一枚を指す。人間の身勝手さ、弱者を思いやる気持ち、家族な絆、大自然の下での人間の小ささ・・・云々を象徴しているかのように。

 

#12 画像はALLCINEMA on lineから