130327 科学博物館から、体調上々なので、すぐお隣の国立西洋美術館へで開催中の「ラファエロ展」へ。世界各国の美術館から彼の作品が一堂に会するのは今回限りでは、という美術評論家の言を信じた訳ではないのだが、正直、少々がっかり。
展示数61中、ラファエロの油彩は20点ほど、更に上質の作品は6点ぐらいしか来ていないのだ。他は同時代画家の作品や、銅版画、タピスリーなど。
そんな中、やはりベストは「大公の聖母」。全体が醸し出す優美さはどうだろう。聖母の気品と愛らしさが同居する表情といい、幼子イエスのもの言いたげな表情。近寄れば、案外怒ったようでもある、難しい描写だ。X線調査では、当初背景が描かれていたようだが、後世、誰かが黒く塗りつぶしたという。でも、結果オーライだろう。ごちゃごちゃ背景があったら、少し興ざめだった気がする。
入口近くの最初の作品は若き日の自画像。長い首とたれ目が特徴。
亡くなる前年頃に書かれた「友人のいる自画像」。勿論左側が本人。たれ目は相変わらず。友人がこちらを指差しているのは、何かを彼に語りかけているのだろうか。この友人は、弟子のジュリオ・ロマーノとする説も。
ラファエロは、ミケランジェロより7年遅れてこの世に生を受けたのだが、亡くなるのはダヴィンチがフランソワ1世の腕の中で亡くなった翌年、1520年で、僅か37年の生涯。モーツァルトやカラヴァッジョ並みの夭折ぶりだ。当然、作品数も同時代の巨人二人に比べ、極端に少ないから、余計に価値がある気もする。
今回展示分もそうだが、小ぶりな作品が少なくない。ルーベンスのようにどでかい絵ばかりが目立つ画家とは対照的だ。大作はヴァチカンの壁画などで、これは当然ながら現地へ行かないと絶対に見られない。
LA MUTA「 無口な女」。口を閉じた女とする説も。言わずもがなだが、モナリザの構図、そのもの。ダヴィンチがモナリザを制作中に立ち会ったという学者もいるぐらいで、モナリザを彼が見たことは間違いないそうだ。それがこの作品を生むきっかけだったか。
ついでに、ラファエロという表記はいつからだろう。以前はラファエルだった気がする。英語や仏語読みより少しでも原音に近づけようと、こうなったか。最近、人名、地名ともその傾向がある。英語読みのヴェニスより原語のベネチアの方がいいのは確かだが、それならいっそヴェネツィアとして欲しい。ラファエロも本来の現地読みはラッファエッロだが、撥音が二度も続くのは大変か。結局日本人が発音し易いように、ま、いいとこ取りで決着したのだろう。ま、どうでもいいような話だが。
予定より早く見終わったので、いつのもごとく常設館へ回った。この方が企画展より楽しい場合が意外に多い。
最近新規購入した作品。ヴィンチェンツォ・カテーナの「聖母子と幼い洗礼者ヨハネ」
これも新規収蔵品。なかなか良い絵だ。
常設館で、真っ先に見るのは決まってカルロ・ドルチのこの絵。