ぐらっぱ亭の遊々素敵

2004年から、主に映画、音楽会、美術展、グルメなどをテーマに書いています。

アンコールワットとベトナム縦断の旅へ 5

140320 シエム・リアップからプロペラ機に揺られて次の目的地ダナンに着いたのは夜の10時過ぎ。そこからバスで30km北に位置するフエのホテル到着は真夜中過ぎとなり、急いで就寝。

ここのホテル、⬇HUONG GIANG HOTEL RESORT & SPAも悪くないが、部屋履きが、いかにも古めかしいゴム草履には参った。この辺の感覚が我々には少々理解の外である。

 

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翌朝、まず向かった先はティエンムー寺。天女伝説のあるこの寺のシンボルはこの七重の塔。また、敷地の奥には釈迦像が祀られている。

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有名な、仏教高僧焼身自殺事件の際、高僧が境内まで乗って来た車が展示されていた。車から降りた高僧は、ゆっくり座禅のポーズを取り、やおら頭からガソリンを浴び、火をつけて、当時のゴジンジェム政権が取った仏教徒差別と宗教の自由を犯した政策に、身を以て抗議したと伝えられている。

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阮朝王宮 フエを象徴する最大の観光スポット。当然、世界遺産登録済み。歴代阮王朝がここで政権を握った。現在はベトナム戦争によりその大半が破壊されてしまっていて、跡地のような状況。広大な敷地が、歴史の重みを感じさせる。ちなみにここで食べられた料理が現在で言う宮廷料理となる。

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全体にかなり紫禁城を意識した作りになっていて、さながら紫禁城ミニチュア版というところか。

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カイディン帝廟 カイディン帝の死後12年かけて造営された廟。敷地内には兵馬俑によく似た像が建っている⬇。カイディン帝は12代皇帝。当時の宗主国はフランス。従って、ヨーロッパ風の建築様式も見られる。金箔と青銅でできたカイディン帝の像が廟内に安置されている。

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 フエは楽しみにしていたのだが、この後で見るホイアンの魅力には勝てない印象。もちろん遺跡的な価値はホイアンはフエの比ではないのだが。 

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 ホイアンに向かう途中で立ち寄ったシルク・センターで、細かい刺繍作業に集中する女工たち。写真を見ながら、こうして一針一針塗っていく、気の遠くなるような作業。

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アオザイを注文するとここで3時間ぐらいで仕上げて、指定場所に届けてくれる。さすがに我が団員で、アオザイを注文する人はいなかったが。

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これがホイアンの中心部にある通称日本橋来遠橋。中国風の屋根付き橋。1593年、日本人が造ったと言われている。2万ドン(100円)札にもこの橋がデザインされている。橋の右側が日本人街、左側に中国人街が展開されていて、当時から仲は悪かったらしい。

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16世紀、フエに広南とも言われる阮政権が樹立されると、その外港的地位を担った。(フエとからは約45kmと、ちょっと距離があり過ぎると思うが)トゥポン河河口にあるので、堀が縦横に張り巡らされていて、瑞々しい雰囲気を街全体に与えている。1601年には家康に正式な国交を願い出たとされ、一時は日本との交易が盛んだった町。やがて河口付近が土砂で浅瀬になると、徐々に港の機能が失われ、中心はダナンに移ってしまった。

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夕闇が迫る頃、あちこちぼんやり灯りがともり、川面に映った光景はなかなか。

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対岸へ渡ってみる。こちら側もいっそうの賑わいだ。

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ぼんぼりの専門店。華やかな一角。

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橋の上にも、こうした特徴的な灯りがともって、外国人らしい観光客が盛んに撮影に興じていた。

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⬆今宵の夕食はここ。川面を渡ってくる夜風が心地よく、ビールの味も格別だ。

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ホイアンの宿はRIVER BEACH RESORT。キングサイズ・ベッドと普通のシングル・ベッドという贅沢なツイン。ほぼ、ジュニア・スィートの趣き。バスルームもバカでかく、全体で45m2ぐらいかな。東京なら、軽く6万円は取れる感じだ。

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ところが、である。またも、部屋履きは使い捨てでなく、ゴム草履と来た!なんなんだろうね、このチグハグさは。

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6日目の3月14日朝、朝食後、川に面する庭を散策。白人たちのグループは外での朝食。

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川にせり出した四阿も、いかにもベトナム風の風情だ。

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リバーサイド・ビューの部屋。生憎、日本人グループは反対側。仕入れ値の差だから、仕方がない。

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午前中、1時間半ほどバスに乗って着いた先は、世界遺産ミーソン(MY SON - 美山)遺跡。チャンパ王国ヒンドゥー教シヴァ派)の聖域の一つ。漆喰などの接着剤を一切用いずレンガを組んだだけだが、驚異の強度を誇る。

例によって、ここもフランス人によって発見された遺跡。ただし、ベトナム戦争で、アメリカ軍の空爆を受け、ほとんどが破壊されたのが残念だ。ベトコンが潜んでいると判断しての決断とは言え、アメリカも随分なことをしてくれたものよ。

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一隅にある文化センターでこんな催しも。バスを待つ間のお楽しみ。

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ダナンへ向かう途中で、昼食に立ち寄った何の変哲もないレストラン。ベトナム料理も、最初のうちはおいしいと思っていたが、こうも続くといい加減辟易してくる。

次は最終地、ハロン湾ハノイだ。

(続く)