ぐらっぱ亭の遊々素敵

2004年から、主に映画、音楽会、美術展、グルメなどをテーマに書いています。

「サンドラの週末」

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少年と自転車」(2011)のジャン=ピエールリュックダルデンヌ兄弟の作品。舞台は彼らの故郷でもあるベルギー、ワロン地区(仏語圏)。ミューズ川沿いの、リエージュにほど近い小さな町、スラン(Seraing)。

夫、マニュと、二人の幼い子供とつつましく暮らしているサンドラ(マリオン・コティヤール)は、体調不良で勤め先の工場をしばらく休職。その間、アジア勢(確か、セリフでは日本と名指ししていたようだが)に押され、業績が低迷、経営者も苦渋の選択を強いられる。

側近ジャン=マルクにそそのこされるような形で出した答えは、それまで、サンドラを加えた17人体制を、16人でやりくりする案。一人当たりの作業量は当然増すことになるが、残業手当のボーナス(プリーム)として、千ユーロ(約13万円)を別途支払うと。

つまりこの案は、退院したとは言え、いつまた体調不良になるかも知れないサンドラを犠牲にしたジャン=マルクの悪巧みだった。サンドラに親しいジュリエットの忠告で、さっそくサンドラは帰宅しかかっている経営者に直訴。すると、週明けに皆で無記名投票にするというジュリエットのプランに不承不承、経営者も納得。

さ、それから、土日二日の間に千ユーロを諦めさせて、サンドラ残留に賛成する票集めに奔走するしかない。「自分をとるか、千ユーロを取るか」なんて同僚に迫れるだろうか?とにかく過半数の9票を目指して、動き出すサンドラ。まさに原題のDeux Jours et Une Nuit(二日と一夜)なのだ。

同情するけど、自分の生活も厳しいからと断る者、嘗てサンドラに親切にされたのにと、急に涙にくれて賛成票を約束する者、普段仲良しなのに、電話に出た娘に居留守をささやく者、中には、同情派の父と絶対反対の息子で大げんかの末、殴り合いになる場面も。

なんども気が萎えそうになるサンドラは、もともと気の強いタイプでないから、マニュに励まされないと一人ではどうにも対処できない。それでも、とうとう途中で、絶望して睡眠薬を多量に嚥下してしまう。そこへもう一人賛成票が増えたとの朗報が届いたもんだから、慌てて救急車を呼ぶ一幕も。

そして月曜の朝、投票。結果は・・・8対8で、残念ながらサンドラの負け。荷物をまとめるサンドラに、経営者が呼び止める。結果は負けだが、サンドラの支援者が半数もいたことだし、もう少し待ってくれれば臨傭の契約をせずにサンドラを雇傭できるからと伝える。破顔一笑になるはずのサンドラだが、この案にきっぱりノーを告げる。

自分の代わりに馘になる者を、昨夜賛成票を入れるよう説得した場面が頭をよぎり、とてもこの案は受け入れられない。それより負けとは言え、あらん限りの精神力を振り絞ってここまで持ち込めた自分に、嘗て感じたことのない達成感を感じたサンドラは、晴れ晴れした気持ちで工場を去っていくのだった。

ま、言って見れば、実に地味な社会派ドラマであるが、切迫する時間の中で、刻々と事態が移っていくスタイルが実に小気味良い。大昔の「十二人の怒れる男」(1957 シドニー・ルメット監督)を思い出した。この作品の成功の主因は、やはり大物女優であるマリオン・コティヤールを主役に据えたことだろう。

全編を通じ、ほぼスッピンで、しかも着たきり雀の冴えない出で立ち。いかにも田舎風のタンクトップとジーンズにブーツ、それにダサいショルダーバッグだけ。こうして見ると、この人、それほどべっぴんさんでもなく、街ですれ違っても気づかないかも知れないと感じたほどだ。

彼女は、以前からダルデンヌ兄弟の作品には人一倍興味があり、出演話があった時は無条件でその場でOKを出したらしい。気の弱〜い、一言しゃべる度に心臓がドキドキして、声が震えるような演技がたまらなく素晴らしい!

ところで、この作品、音楽がまったく使われていない。クレジットが流れている間も無音のまま。唯一音楽が聞こえたのは走る車の中のカーラジオだけという徹底ぶり。この辺りもダルデンヌのこだわりと見た。

ついでながら、この邦題も素晴らしい!原題以上だ。

#36 画像はALLCINEMA on lineから