ぐらっぱ亭の遊々素敵

2004年から、主に映画、音楽会、美術展、グルメなどをテーマに書いています。

「KANO ~海の向こうの甲子園~」

150812 久しぶりに台湾映画を見た。

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昨年公開された、野球にまつわる三部作、「バンクーバーの朝日」、「28年目の甲子園」、そして本作と、取り立てて野球に関心が深いわけでもないのに、いずれも見ることになってしまった。KANOとは、台中と台南の中間にある嘉義市にあった嘉義農林学校のこと。

本作が異色なのは台湾映画であることと同時に、戦前の日本統治時代に、日本の球児たち同様、野球一筋の若者たちが多数いたこと。しかも、チームは日本人のほか、漢人、満人、アミ族など、多彩な混成軍であった。

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⬆︎ほとんど笑顔を見せない近藤監督(永瀬正敏)だが、選手に対する愛情は並大抵ではない。決勝で、指から出血する主戦投手呉明捷(ツァオ・ヨウニン)を気遣う監督。結局、彼の主張が通って、出血しながら、最後まで一人で投げ抜く。

単なる草野球から本格的なチームに生まれ変わるには、ある日本人監督の存在があったのだ。野球の本質や、マナーを懸命に伝授する。そもそも球場は神聖なところで、ずかずかと踏み込むところではないと。

そして、ついに念願の甲子園出場を果たす。しかも、連戦連勝で、気がつけば決勝戦。呉選手がかっ飛ばす最後の一球は、ホームランかと思う大飛球。歓声が一瞬凍りつく。かくして中京商に競り負けたのだが、場内の歓声は準優勝チームのものだった。

嘉義農林の打者が打席に入る前に、審判に一礼する姿が印象的で、これも近藤精神の賜物の一つか。

甲子園での戦いの様子を、かなり丁寧に描いているので、3時間を超える長尺になってしまったが、監督の意図はわかる気がする。

日本の台湾統治は1895年から1945年まで50年続いたわけだが、台湾人の日本人に対する感情は、決して悪くなく、むしろ日本や日本人に親しみを感じていたように見受けられ、そんな雰囲気を漂わせる作品と言える。第二次大戦までちょうど10年、平穏な時代感覚が、随所にかいま見える。

#64 画像はALLCINEMA on lineから