ぐらっぱ亭の遊々素敵

2004年から、主に映画、音楽会、美術展、グルメなどをテーマに書いています。

「ヒトラー暗殺、13分の誤算」

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つい先日見たばかりの「顔のないヒトラーたち」もそうだし、また同じオリヴァー・ヒルシュビーゲル監督が10年前に撮った「ヒトラー 〜最期の12日間〜」も、原題にはヒトラーの文字はない。邦題だけがヒトラーにこだわるのは、やはり原題では客が呼べないからだ。本作も、原題は主人公の名前Elser、ただ一文字!(それにしても、このエルザーが、後に親しくなる人妻の名前がエルザ(Elsa)だから、ややこしいこと!

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一介の家具職人で、メカにすこぶる強いゲオルグ・エルザーは、アコーディオン弾きでもある。ユダヤ人でもなく、音楽をこよなく愛するこんな普通のドイツ人が、いくらナチ嫌いの正義漢とは言え、たった一人でとんでもないことを考え、それをやり遂げようとすることに驚愕し、戦慄を覚える。

ハンナ・アーレントが、アイヒマン裁判で、彼はナチという強固な組織を形成する歯車の一つに過ぎず、彼の犯した極悪非道の犯罪も、いわば”凡庸な悪”に過ぎないと喝破したことを思うと、こちらの方はエルザーがひたすら正義感に捉われるあまり犯した”凡庸な善”なのかと考えれば、誠に興味深いものがある。

40回以上もあったと言われるヒトラー暗殺事件、代表例は、トム・クルーズ主演の「ワルキューレ」にも描かれた未遂事件だが、いずれも単独犯ではない。当然、本作で描かれる事件も黒幕や共犯者がいるものと見なされ、全貌が解決されないと、夜もおちおち眠れないと怯えるヒトラーから厳命が下り、エルザーは徹底的には絞られる。

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⬆︎過酷極まる尋問、時に恐怖の拷問を伴うが、耐え抜く信念は一体、この男のどこから来ているのだろう。中央のナチの高官を演じるヨハン・フォン・ビューローだが、公開中の「顔のないヒトラーたち」では、現在を生き延びる元ナチ親衛隊を追い詰める側だったのが面白い。

真犯人が捕まり、拷問で自白させ、簡単に絞首刑にできると踏んでいたのだが、たまたまエルザーが頑強な信念の持ち主だったことで、取り調べは遅々として捗らない。その結果にイライラするヒトラーは、どちらかと言うと、エルザーに同情的で手心を加えたとして、ネーベ(⬆︎左)を処刑してしまう。

逆に、エルザーはしぶとく息抜き、連合軍が迫る中、一人自問自答を繰り返すのだった。実話に想を得て構築したドラマだが、見事だ。

#80 画像はALLCINEMA on lineから