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ぐらっぱ亭の遊々素敵

2004年から、主に映画、音楽会、美術展、グルメなどをテーマに書いています。

「母よ、」

映画

160314 原題:Mia Madre (私の母)、伊・仏合作,107分、原案・脚本・監督・出演:ナンニ・モレッティ 自分の母親をおくった時の自らの体験をベースに、創った作品。母親が余命いくばくもない中、当時「ローマ法王の休日」の撮影中だったモレッティ監督の思いが、淡々と描かれる。

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イタリアのある企業の労働争議を描く作品、Noi Siamo Qui(我々はここにいる)を撮影中のマルゲリータマルゲリータ・ブイ)、撮影の進行がはかばかしくないどころか、アメリカ人の主演男優バリー(ジョン・タートゥーロ)と細かな演技やセリフの言い回しをめぐって衝突を繰り返す日々で、イライラは募る一方。

そんな中、兄ジョヴァンニ(ナンニ・モレッティ)と共に、余命宣告をされた老母、アーダ(ジュリア・ラッツァリーニ)の介護のため、撮影の合間を縫って病院に駆けつけねばならず、身の置き所がないほど、心身ともに憔悴していく。わずかな救いは、一人娘リヴィア(ベアトリーチェマンチーニ)との何気ない会話だけ。やがて”その時”を迎えるのだった・・・。

主役マルゲリータの感情の起伏を、マルゲリータ・ブイが見事に表現する場面が素晴らしい。彼女、現在53歳だが、春霞のような瞳に特徴のある、理知的な美人。現在イタリア映画界の至宝とも言える存在で、このキャスティングが本作の成功をもたらしたと言える。

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夜、リヴィアがベッドの中で、聞こえくる電話の声で祖母の死を知り、布団に潜り込む場面がいい。

バリーがアメリカから到着すると、他に誰もいないからと監督自らが空港に迎えに行き、自分の車でホテルへ送る車中の会話が面白く一人で笑ってしまった。バリーはまさか監督自身が迎えに来ることは想定していないから、ここぞとばかり夕食に誘ったり、遅くなったら、自分の部屋へ泊まればいいとまで言って口説こうとする。

ジョン・タートゥーロは、ニューヨーク生まれだが、名前からして明らかにイタリア出身。それゆえかどうか、彼のイタリア語は堂に入っている。なのに、撮影では、ragazza(娘という意味で、ラガッツァと発音)をレガッツェと何度も間違って、監督をイライラさせるが、この展開には無理がある。

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⬆︎社員食堂での撮影シーン。簡単なセリフを何度も間違えるバリー。とうとうキレた監督と罵り合い、万事休すかと思ったが・・・ここからの展開がいかにもイタリアらしい。

ところで、邦題の「母よ、」の最後のコンマに、どのような意味が込められているのだろう。この後に、言葉が続くことを暗示しているのだろうか。

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カンヌ映画祭でのキャストたち。映写後、8分近いスタンディング・オベーションだったというから、相当受けたようだ。

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カンヌでの一コマ。モレッティは渋い顔をしているが、対照的にタトゥーロはマルゲリータさんの右腕をしっかり掴み、ご満悦の表情。ッタク!マルゲリータさん、意外にゴツゴツしたあんよで、ちょっとがっかり。そう言えば、映画ではずーっとパンツルックだったっけ。

#19 画像はIMdb、及びALLCINEMA on lineから