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ぐらっぱ亭の遊々素敵

2004年から、主に映画、音楽会、美術展、グルメなどをテーマに書いています。

栄光のランナー/1936 ベルリン

映画

160826 原題:RACE 米 134分 監督:スティーブン・ホプキンス(そこそこ撮っているが、目立った作品はない)

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気がつけば、とてつもない大舞台に立ってしまった自分。米陸上界のため、黒人の地位向上のため、そして何より家族と自分のために、誰よりも早く走りたいと、はやる気持ちを抑え、一方では「お前には金メダルしか期待していない」と言われた途方もない重圧に押しつぶされそうな心を奮い立たせ、今、ジェシー・オーエンスステファン・ジェームス)は陸上界の歴史を塗り替えようとしている。

これまで数え切れないほどの陸上界のスーパー・ヒーローを生んできた、そのアメリカでも、圧倒的なレジェンドはベルリンオリンピックで4冠に輝いたジェシー・オーエンスしかいない。本作は、彼が自立するため、家族の元を離れ、ベルリンオリンピックで前人未到の金字塔を打ち立てるまでを追う。

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彼が頭角を表したのは、大学対抗戦での短距離走であった。ぶっちぎりの勝ちっぷりにあるコーチが目を留める。名伯楽の名を縦にしたコーチ、ラリー・スナイダージェイソン・サダイキス)である。

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メキメキ腕を上げ、いよいよあとはオリンピックという時になって、米陸上界は大揉め。人種偏見のナチドイツに協力する立場にないアメリカ、しかし出場しないとアメリカの威信を世界に、とりわけヒトラーに見せつける機会を逸することに。結局、当時陸上界を牛耳っていたアヴェリー・ブランデージ(エイヴリー・ブランディッジがより実際の発音に近い。のちのIOC会長、ジェレミー・アイアンズ)の政治力が勝り、参加決定となる。

しかし、ジェシーの気持ちは複雑。当時、黒人差別が依然激しいアメリカの代表になること自体にも抵抗があった上、”差別大国”のナチス・ドイツで戦うことには更に抵抗が強かった。それでもコーチと大激論の末、しぶしぶ出場することに。

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100m, 走り幅跳び、200m, 400mリレーと、驚異の4冠達成!ニューヨークでの派手な凱旋パレードがあり、そして祝勝会が名門ホテルで行われるというモテぶりだが、ホテルの正面玄関に立つドアマンから、たとえ金メダリストでも規則は曲げられないとして、「悪いが裏口から入ってくれ」と言われてしまう。

国家が巧妙に黒人を使い分ける、こうしたひどいアメリカでの人種差別問題解決には、それから更に四半世紀、ケネディー大統領やキング牧師の登場まで待たねばならなかったのだ。

一方のナチスドイツは、1936年オリンピックを国威発揚の絶好の機会と捉え、あらゆる場面でナチスの宣伝活動を行う。仕切っていたのはヒトラーの腹心、宣伝相ゲッベルス。当初、ユダヤ人と黒人にはベルリンオリンピックへの出場機会を与えない方針だったようだが、そこは剛腕のブランデージの交渉力がものを言う。

ゲッベルスとの取引で、ジェシーら黒人選手の出場資格を勝ち得たのだが、ユダヤ人に関しては、出場させないという裏取引をし、400mリレーに出場予定だった二人のユダヤ人が外された。その結果、当初走る予定のなかったジェシーにお鉢が回って、4冠となり、ジェシーもさすがにこの4冠目は素直に喜べなかったはずだ。

ジェシーひとりに金を四つもかっさわれて、ゲッベルスヒトラーの面前で、大いにメンツを潰される結果となった。のちに「民族の祭典」「美の祭典」として不朽の記録映画を撮ったレニ・リーフェンシュタールカリス・ファン・ハウテン)に対し、ジェシーの姿を余り取らないよう指示したゲッベルスだったが、ヒトラーの信認厚いレニは、完全にこれを無視、わざわざトラックの隅に穴を掘り、低いアングルから走り幅跳びに挑戦するジェシーの姿を後から撮影したりしている。

ジェシーの大活躍だけでなく、当時の風雲急を告げる世界情勢までもが、ベルリンのオリンピックスタジアムという格好の舞台に、見事に捉えられていて、極めて興味深く見ることができた。

#64 画像はIMdb、およびALLCINEMA on lineから