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ぐらっぱ亭の遊々素敵

2004年から、主に映画、音楽会、美術展、グルメなどをテーマに書いています。

「後宮からの逃走」@日生劇場

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劇場でこの作品を観るのは、実はこれが初めて。最後のメデタシメデタシの場面、そして2幕のコンスタンツェの超絶技巧を駆使した長い長いアリア「どんな拷問が私を待っていようと」は、1984年、封切りと同時に家族で観て、その後なんども見ている映画「アマデウス」に登場するから、すごく耳に馴染んでいて、そんな懐かしい思いで、今日の舞台を楽しんだ。

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デビュー当時から聞いていて、現在ヴェローナ留学中の佐藤優さんを聴きたくて、そちらの組を選んだが、両組を観た人の話では、甲乙つけがたいほどの出来栄えだったとか。

ところで、本作はモーツァルト、わずか26歳の時の作品。オペラの原型とも言えるジングシュピール(歌芝居)の形式を取っていると解説本に出ている。

確かに一切歌わず台詞だけという太守セリムは、すこぶる重要な役どころであり、通常のオペラではまずあり得ない存在だ。さすがにこの役に宍戸 開を充てるとは、見事なキャスティングであり、彼の圧倒的な存在感こそ、本公演の成功の大きな要因の一つだったと言えるだろう。

一方、肝心の歌手陣では、皆それぞれに役どころを心得て、持ち味を存分に発揮していたと思うが、やはりコンスタンツェ役の佐藤優さんの素晴らしさが際立っていた。キリッとした超高音域を、連続で苦もなく出せる技術は、天性のものだろう。しかも田尾下演出では、舞台上であらゆる姿勢を取らされながら、歌わなくてはならないという”悪”条件下だけに、なおさら評価されてしかるべきだろう。

この演出家は、相当ハードな演技を歌い手たちに要求するのが常のようで、間違いなく歌手泣かせの一人だろう。何年か前に東京文化会館で見た二期会公演の「カヴァッレリーア・ルスティカーナ」の時とよく似ていると感じたのは、舞台にかなり長めのテーブル(移動しやすいようキャスター付き)と何十という椅子が用意されていて、これを縦横無尽に使い倒すから、キャストたちの苦労はハンパではなかったろう。移動するテーブルで歌うなど、危なかっしくて、見ていられない場面もしばしば。

姿勢を安定的に保つことに気をとられ過ぎると、歌詞がどっかへ飛んでいっても不思議ではない。更に、アリアはドイツ語、それ以外は日本語だから、どれだけ大変だったか、想像に余りある。

こんな上質の公演がリーズナブルな料金で見られることに改めて感謝だ。コスチューム、オケ、合唱、何もかも素晴らしかった!そもそも開幕の瞬間から、これはいい公演になると本能が告げていた、と言えばやや大げさかも知れない。

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⬆︎(facebookからお借りした写真です)

それは、約5分ほどの序曲の合間、紗幕の向こうでは貴族のダイニングと思しきところで、若い男女が十数名、飲んだり食べたり、ふざけあったりという、たったそれだけのシーンだが、動きにまったくぎこちなさが見られないことに、レベルの高さを感じたということだ。

⬆︎上の動画は、YouTubeから。何の記載もないが、どうやらカール・ベーム指揮で、エディタ・グルベローヴァが歌っているようだ。「どんな拷問が私を待っていようと」

日生劇場は、このぐらいの規模のオペラにはまさにうってつけの空間だと思う。1963年オープンだから、最近一部改装しているとは言え、建物としての老朽化は否めない。でも、ガウディを思わせるモダニズムの曲線を多めにつかったうねる壁面、真紅のカーペットを敷き詰め、ロビー風のゆったりした平土間の椅子の配置など、ちょっとよそでは味わえない雰囲気だと、今日改めて感じが次第。

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