ぐらっぱ亭の遊々素敵

2004年から、主に映画、音楽会、美術展、グルメなどをテーマに書いています。

「ヒトラーへの285枚の葉書」

170725 原題:ALONE IN BERLIN (ベルリンで一人)ちなみに、ハンス・ファラダの原作タイトルが「ベルリンに一人死す」103分

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実話だそうだ。考えれば、ありそうな話ではある。昔、ドイツ映画で、「白バラの祈り ゾフィー・ショル 最期の日々」(2005)という、ナチスに反対して兄たちと一緒にビラまきをしたミュンヘンの女子大生が、結局すぐ当局にとっつかまって、即刻処刑されるという悲惨な、これも実話を映画化した作品があったが、内容的には似ている。

一人息子を戦争に取られ、殺された両親が、ナチスを批判するメッセージを一枚一枚葉書に、誰とも分からないような筆跡で書いて、市内のあちこちに置くという挙に出る。無論、やがて発覚し、死刑になることを覚悟の上で。

当初は父親、オットーブレンダン・グリーソン)がすべて一人でやる予定だったが、途中から母親、アンナ(エマ・トンプソン)が断固協力すると言い張り、二人連れの行動となる。片方が監視役ができるから、効率は上がった。

 

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だが、大方の予想どおり、結局は捕まり、処刑されるのだが、一人で計画、実行したと言い張るオットーの願いも空しく、アンナも処刑される。

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この映画、カメラアングルも冴えていたが、ラストシーンがまた印象に残るものだった。ダニエル・ブリュール扮するベルリン警察の警部が、すべてが片付いて祝杯をあげるところ、オットーが書いた葉書の束を見ながら、「全部読んだのは俺だけだ。届けられなかった18枚を除いて」と言い、自分のオフィスの窓から深夜のベルリンの空に向けて、葉書をばら撒く姿と、その後に夜空に響く一発の銃声。

蛇足だが、あの時代、ドイツでは死刑にギロチンが使われていたのは知らなかった。フランスの専売特許ではなかったのだ。処刑される側は、ある意味、安楽死とも言えるが、あまりにむごたらしい。

父親に扮するブレンダン・グリーソンドーナル・グリーソンのパパ)がいい。じゃがいもような、いかつい顔がこの役に見事に生かされている。息子の死を告げる一枚の官報を受け取っても、ほとんど無表情。それだけに内面の怒りが却って痛いほど不気味に感じられる。親として、今息子のためにできることは何か、必死で答えを一人で模索する。アンナにも何も言わないで、ある日、こっそり”仕事”を始める。

そんなことをしたって、共感を抱いてくれる人がどれだけいるか、それがどれだけの打撃をナチスにもたらすか、ほとんど効果のないことは百も承知!でも孤独な戦いを続ける姿に崇高さすら感じてしまう。

我が子を国に理不尽にも奪われた例は世界中、無数にあり、類似の”戦い”も数知れず、これはほんの一コマにすぎないが、それ故に貴重な作品になっている。

エマ・トンプソンもさすがに上手い。女性に対して使う言葉ではないかも知れないが、渋みが素晴らしい!

独・仏・英の合作ということだが、ナチスが英語を喋るのはあまり聞きたくない。せっかくドイツ人のダニエル・ブリュールを使いながら、全編英語かいな。チト違和感。ま、主役二人は英国人だしな。

監督のヴァンサン・ペレーズは、ずーっと俳優稼業(「インドシナ」、「王妃マルゴ」)、ここで初めてメガホンを取ったというから、変わり種だし、才能も豊かだ。恐らくだが、これの映画化を目指したのは、他でもない彼の祖父、大叔父、叔父がいずれも第二次対戦で命を落としている家系だからかも知れない。祖父は、スペインでファシストに、大叔父はアウシュビッツで、叔父はロシアの前線で。ちなみに、父親はスペイン人、母親はドイツ人、東京オリンピックの年にスイス、ローザンヌで生まれている。

#49 画像はIMDbから