ぐらっぱ亭の遊々素敵

2004年から、主に映画、音楽会、美術展、グルメなどをテーマに書いています。

「私は、マリア・カラス」

181228 MARIA BY CALLAS 仏 113分 製作・監督:トム・ヴォルフ

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初めてマリア・カラスの全貌を明かした作品。これまで何本かこの稀代のディーヴァを扱った作品があったと思うが、本作でほぼ語り尽くされた観あり。

このトム・ヴォルフという監督、さほどマリア・カラスに興味があったわけでなく、寧ろよく知らなかったらしいが、その彼が各国を回り、資料集めに3年以上もかけたというから、彼女関連の資料はここにほぼ出尽くしたと言えるだろう。

そうした膨大な資料から厳選した映像、音源、それをアメリカでのテレビインタビュー、フランスでのインタビューと本人独白(朗読:ファニー・アルダン)を軸に、ほぼ時系列で2時間余りに編集してあるので、彼女の生涯が、これで余すところなく描かれたと思える。その意味でも、限りなく貴重な作品!

それにしても53歳で没したことが惜しまれてならない。また、彼女の全盛期が1940年代後半から1960年代初頭と、10年あまりだったということもオペラファンから見れば物足りないが、本人が後年述懐しているように、彼女に対するやっかみ、嫉妬などに起因した心ない中傷や、30歳近い年齢差がある、最初の夫、ジョヴァンニ・メネギーニとの不仲、離婚などで、心身ともに疲弊していた時代が長かったことを考えれば、あれが限界だったのだろう。

不世出のディーヴァであることは疑いを入れないが、本作に登場する数々の超絶歌唱に接すると、やはりというか、今まで思って以上のうまさ、すごさに戦慄を覚えるほど。当時、唯一対抗馬となりえたと思われるレナータ・テバルディとは、得意とする演目が多少異なることで、二人の確執も伝えられるほどではなかったかも知れない。

カラスが得意としていて、テバルディがさほどではなかった演目はいわゆるベルカント・オペラで、ロッシーニドニゼッティベッリーニなどによるオペラを指すことのようだ。カラスにとって運命的だったのはベッリーニの「ノルマ」、これがどれだけ喉を酷使するかを知っていたテバルディは、歌手寿命を保つために敢えてこの役を避けていたと言われているほど。

1958年1月2日、ローマ歌劇場で、当時のイタリア大統領臨席での「ノルマ」の舞台で”それ”が起きた。喉の不調で、1幕で降りてしまったのだ。当然、会場は大騒ぎとなり、マスコミなどにも叩かれまくった。この記憶は長くカラスを苦しめたようだ。

彼女の口からは語られていないが、パリ、あるいはフランス人に対する好意的な発言は、どうやら「イタリア人、あるいはローマ人に比べて」という含意があるのではとつい邪推してしまう。

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1950年代のパパラッツィ。手にしているカメラはローライフレックスかな。

この人、ブルックリン生まれ育ちで、英語は母国語と言えるものだが、アメリカンではなく、かなり素養の高いタイプの発音であり、またフランス語も完璧に喋れたのはさすがギリシャ人だと頷かせるものがある。

本作には一度もその場面はなかったが、イタリア語もうまく喋れたはず。後年、映画初出演となる「王女メディア」の撮影現場の様子が映る。トルコのカッパドッキアが舞台で、ピエル・パオロ・パゾリーニ監督と親しげに話すシーンが映るが、残念なことにパゾリーニ監督が超イタリア訛りのフランス語をしゃべるので、彼女のイタリア語は聞けずじまい。

9年間も続いたオナシスとの関係もジャクリーヌ・ケネディーの登場で終焉、インタビューや独白(フランコ・ゼッフィレッリ監督の「永遠のマリア・カラス」で彼女を演じた女優ファニー・アルダンが読んでいると後で知った)では、恨み節も聞かれるが、のちに撚りを戻し、いい関係を維持できたそうだ。しかし、同時にジュゼッペ・ディステーファノと深い間柄になり、二人で1974年、ワールドツアーへ。映画では、ハンブルグ、ベルリン、アムステルダム、そして東京でのリサイタルの様子が次々に映る。

日本では、4ヶ所で歌ったらしいが、ツアーの最後、そして公式演奏会の最後がよりによって札幌とは!そこが、この偉大なディーヴァの最後の舞台だったというのは、あまりにも哀しい。3年後の77年、パリの自宅で心臓発作で亡くなる。

映画の最後の方で歌われた「アンドレア・シェニエ」からのLA MAMMA MORTA(亡くなったお母さん)は本作での絶唱と言われるような演奏で、ジーンと来てしまった。(ちなみにこの録音は、トム・ハンクス主演「フィラデルフィア」('94)での見せ場で使用されている)

彼女の演奏会に現れるセレブたちの豪華のことと言ったら!エリザベス女王、クイーン・マザー、エディンバラ公エドワード8世、シンプソン夫人という皇族を始め、政界の大物、アンナ・マニャーニジャン・コクトーなどなど。舞台では、名テノールフランココレッリが度々共演者として登場するが、あれだけのテノールでも、カラスの前では小者に見えてしまうからねぇ。彼女がどれだけのオーラを放っていたかってことでしょう。

ところで、大写しの歌う表情を見ていて気づいたことだが、彼女、口をあまり、というかほとんど開けないで歌うのが、他のプリマとは大きく異なる点だろうか。よくあの程度の開け方で超高音の発声ができるものと、不思議な感じがする。一般的には、例えば夜女の有名な箇所で、ほとんどのソプラノがこれ以上開けられないほど大口になるのだが・・・。

#87 画像はIMDbから。