ぐらっぱ亭の遊々素敵

2004年から、主に映画、音楽会、美術展、グルメなどをテーマに書いています。

METライブビューイング「アドリアーナ・ルクブルール」

190226 久しぶりにこのシリーズを見に出かけた。11時半から3時近くまでの上映時間なので、いつもながら、おむすびやお茶を持ち込んで、幕間に食べることに。

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こういう進行表が入口で渡される。

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いきなり名アリア、「私は創造主の卑しい僕です」

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上はMETライブビューイングの公式サイトからの抜粋。アンナ・ネトレプコは、このピヨートル・ベチャワポーランド出身)と相性がいいのか、この組み合わせでの公演、結構な回数にのぼる。以前はメキシコ出身のロランド・ヴィリャソンと組んでいたのだが、まあベチャワの方がネトレプコの相手役には相応しいと思える。

ネトレプコは結婚・出産を経て、ずっしりと重量感を増したが、声質もそれに連れて、随分変化している。いきなりのアリア、SONO L'UMILE ANCELLAの出だしを聞いて、「うぁ!」という感じである。すっごく太い声なのだ。もちろん高音も難なくこなしているが、以前とは別人の如し。

なんでもこの役は歌唱だけでなく演技力も確かなカリスマ性のあるソプラノがやることにはなっているらしい。それほどの高音域もなく、むしろ低い音域の方が多いくらいで、またさほどテクニックを要するアリアもなく、著名な舞台女優という役柄上、演技が重要視され、レジェンド級の大歌手で、今はあまり声がでなくなったような歌手がやる役とされていたとウィキにもあるので、まあ、ネトレプコにはその説は当て嵌まらないのは明白。

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アドリアーナとその恋人、マウリーツィオ。

ピヨートル・ベチャワも随分上手くなっていて、安定感もしっかり増しているし、今や大テノールの一人であるのは間違いない。

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ジョージア(旧グルジア)出身のアニータ・ラチヴェリシュヴィリ、驚愕の歌声!

それより、一番の驚きはブイヨン公妃役のアニータ・ラチヴェリシュヴィリで、この圧倒的な歌唱にはほんとに魂消た。チェチリア・バルトリどころの騒ぎではない。なんというすっごいメゾが出現したのか。幕間でのインタビューでも、「この役は若く経験の浅い歌手には無理ね」と自信満々にのたまっていたのが印象的。

このオペラは一応ヴェリズモ・オペラの範疇らしいが、マスカーニの「カヴァッレリーア・ルスティカーナ」や、レオンカヴァッロの「パリアッチ」などとは明らかに一線を画する内容である。チレア自身、その境目にあることを意識していたようで、結局、この作品以降オペラの作曲はやめてしまったとされるのはいかにも残念である。

このMETライブシリーズは過去なんども鑑賞しているが、やはりいつ見ても素晴らしい内容で、@¥3,500は決して高くはない。一時、パリのオペラ座がこれを真似て映像作品を公開したが、不評ですぐに打ち切りになったのはうなずける。コンセプトがしっかりしていなかったからだ。

その点、METは鑑賞者を飽きさせない工夫が随所に見られる。まず映像自体もだが、どうやって収録しているか不思議なほど音響が素晴らしいのだ。多分、会場で生で聴く以上と言えなくもない。まあ生に勝るものはないことは重々承知だが、それでもそういう感想を抱いてしまう。

幕間でのインタビューがまた楽しい。今回はイタリア系アメリカ人のテノールマシュー・ポレンザーニが担当した。ネトレプコのみ、開演前に楽屋で収録。やはり幕間で感情が途切れるのがなにより辛いというのがその理由。

他の歌手は全員が幕間インタビューに応じていた。もちろん英語でのインタビューになるから、METに出演するような歌手は英語でやりとりができて当然ということだろう。唯一、ミショネ役のアンブロージョ・マエストリのみイタリア語で応じたので、もちろんイタリア語も堪能なポレンザーニが二言三言で別の歌手に振ってしまったのがおかしかった。

歌手以外のインタビュー、例えば演出家やマエストロにも話を聴くが聞き手は統括マネジャーのピーター・ゲルプである。アドリアーナを演じた中で傑出したソプラノを聞かれて、レナータ・テバルディを筆頭に、モンセラ・カヴァリエレナータ・スコットミレッラ・フレーニなどが挙げられていた。テバルディはこの役をどうしてもここで歌いたいため、当時の支配人を脅かしていたという話を紹介。テバルディならいかにもやりそうではないか。

ニューヨークの聴衆だが、やはりよく聴いていると、性別・人数に関係なく一様にブラヴォーと叫んでいるように聞こえた。また、カーテンコールでは、1階席はほとんど、2階席以上も前列の方は皆スタンディングで喝采を送っていた。

また、この公演で特徴的だったことは、劇中劇としての場面が2度ほどあるが、この装置がすばらしく、とりわけ3幕で、アドリアーナやブイヨン公妃も観衆の一人として座る、バレエのシーンは圧巻。バレエを見ている歌手たちがいて、それを見ているMETの観衆、さらにそれを見る我々というわけで4層にも及ぶ構造が興味深かった。

それにしても、これこそがいわば世界最高峰のオペラの舞台というこをいやでも思い知らされる。歌手も一流なら舞台も一流、装置からコスチュームに至るまで。もちろんウィーン、パリ、ロンドン、ローマ他、主要歌劇場で繰り広げられる公演とて、METに負けないほどの内容かも知れないが、紛れもなく国際水準のオペラ公演とは、かくあるべしのお手本のようなもので、こういうのは折々鑑賞して違いを実感した。

その上で、身近で、安く見られるお手軽オペラも楽しむ、オペラの楽しみ方にはいろいろあると承知してればいいということだろう。

#11 画像はMETライブビューイングの公式ホームページより。