ぐらっぱ亭の遊々素敵

2004年から、主に映画、音楽会、美術展、グルメなどをテーマに書いています。

「24」@AmazonPrime

260704  米TVドラマシリーズ 2001〜

取り敢えずシーズン1のみ視聴。それでも25話!因みに全部で190話以上。かつてネトフリで視聴した「ブラックリスト」に匹敵する長さ。超人気シリーズだったとか、娘にバカにされました。ジャック・バウアーって、当時、相当知られた名前だったそうな。(笑)

物語の進行が実際の時間にシンクロする方式は、本作がはしりだったことも初めて知りました。

相当面白かったのは事実で、危うくシーズン2に突入しかかりましたが、韓国が舞台であることと、娘に呆れられてはなじらみ、ここでストップ!(笑)

キーファー・サザーランド主演ですが、ルー・ダイアモンド・フェニックスや老いたデニス・ホッパーが登場したのには驚きました。

大統領候補役として黒人のデニス・ヘイスバート(「エデンの彼方に」が好演してました。

「箱の中の羊」@TOHOシネマズ大井町

260702  2h6m  2026  原案・脚本・監督・編集:是枝裕和

カンヌ映画祭コンペティション部門出品作品の一つ。ちなみに日本から3本も出品!当映画祭常連の是枝さんだが、今回は受賞を逃しました。

結論から言うと、さもありなんと愚亭は感じました。家族愛を基本に据えたところは彼の従来の作品に通底するところですが、本作は近未来の内容で、我が子をなくした夫婦が我が子そっくりに作られたヒューマノイドを、息子の事故死からだいぶ経ってから、家に向かい入れるという内容です。

難しい、際どい内容で、果たしてカンヌの審査員たちにどう映ったのか、終映後の拍手なりやまず、スタンディング・オヴェーションも延々と続いたとは聞いていますが・・・。

愚亭もあまり評価しません。やはりつかみどころがない、というのが正直なところです。夫婦はさんざん結論を得るまでなやみます。そりゃそうでしょう、ヒューマノイドとは言え、かぎりなく生身の人間に近い存在だけに、コトは慎重に運ぶ必要、ありますよね。

綾瀬はるか演じる妻、音々は積極論、大悟演じる夫、健介は消極派。で、やってきました。「お帰り!」と優しく迎える音々、「自分のことはパパでなくおじさんと呼べば?」と、やや控えめに迎える健介。でも、あまりに精巧に作られているので、徐々に感情移入していきます。

ですが、飲み食いなし、水には触れられない、睡眠は椅子型充電器の上に座って過ごすという制限付きなんで、やがて破綻が来るだろうことは、容易に想像がつきます。

不思議なのは精巧なのは外形的なことだけでなく、亡くなったカケルが生前体験していたことがらがすべからくインプットされているから、結構、普通の会話ができるんですね。

それだけに、時には親の方がイラっとさせられるような状況にもなり、カケルの方も、この”両親”より、ヒューマノイド仲間との連帯感が生まれて、どんどん関係が冷めていき、やがて・・・。

先が読めるとは言え、ラストはどうにもよく理解できません。なんとも消化不良のまま、見終わったという、モヤモヤのまま帰路に。

千鳥の大悟の演技は大したものでした。綾瀬はるかは、まあこんなもんでしょう。そして、カケルになった子役、いかにもヒューマノイドという、無機質でつるんとした、こんな子がいるんですね。是枝監督が見つけてきたんですかね。大したキャスティング!

ちなみに、館内、ガラガラでした。

「関 定子とその仲間たちの集いXIV」@音楽の友ホール(神楽坂)

260629 このシリーズは、親しくしているソプラノが座長を務めたりしているので、結構、聞きにきています。今回はなんとご招待です!!このホールでのこうした小ぶりの演奏会とは別に毎年、オペラそのものを紀尾井ホールで開いていますが、今年はホールが改装工事中ということで、オペラの公演は諦めて、この公演になったと説明がありました。

というわけで、⬆︎ごらんのようにオペラのアリア、重唱がずらりです。それも超有名なものばかりで、聞き応え、たっぷりでした。

すーっと大人しくしていた愚亭でしたが、最後の二重唱、関定子さんと清水良一さんの歌うトロヴァトーレでは、思わずブラーヴィを絶叫しちゃいました。いやまあ、それはすごかったです。

上にも書かれていますが関さんて、八十路!!ですよ。その方が、これ、歌うかって。いや、びっくり仰天。相手役の清水さんもすばらしかったんですよ。何十年もまえに生でこの二重唱を聞いた時の名バリトン、エットレ・バスティアニーニ(故人)を思い出したほど。

終演後、ロビーでそのことを清水さんにお伝えしたら、大変よろこんでおられました。

さて、ゆみゆみこと、坂野由美子さん、冒頭で内田吉則さんのタミーノに絡む侍女役で登場、お色気たっぷり、あまりの熱演ぶりに関先生から頭をコツンとやられてましが、コミカルのセンス、抜群なのです。

後半では、ふたたび冒頭に登場、こんどはカルメンですよ。あとで聞いたらカルメン、やったことあるけど、ハバネラは初めてとか。本来メゾソプラノが演じる役ですが、かのカラスも歌っているように、ソプラノが演じることはめずらしくありません。

ただ、この方の声質からすると、中間音から低音への切り返しみたいなところに苦労の跡が伺われたようでした。ま、でもよくやりましたよ、ブラーヴァ!!

テノールのウッチーこと内田吉則さん、最多出場、タミーノ、サムソン、マントヴァ公爵、ドン・ホゼ、アルフレードと実に5つの違った役を歌っていましたからね、いや、ほんとに大変だったと思います。

かなり以前から存じ上げているソプラノの沼田真由子さん、相変わらずピュアな声を響かせていて、強く印象に残りました。

右端は指揮のMo.仲田純也、左端の横顔の方はフルートの宗方 律さん。舞台上、左から5人目、白髪長髪の男性は演出・解説の大島尚志さん。ピアノ伴奏は3人で担当、ここに写っている左から3人目は松本康子さん。

「わたしの聖なるインド」@ユーロスペース(渋谷)

260625 小雨の中、ひさしぶりに渋谷のユーロスペースへ。今回はマークシティーを突っ切って行ったら、これが最短コースでした。

マークシティーは昔の玉電の軌道に沿って作られていますから、出たところの先が「上通り」という停車場でした。

2023 インド LAND OF MY DREAMS 1h14m 山形国際映画祭ドキュメンタリー部門出品作品 音楽以外はナレーション、撮影、編集まで含めてすべてノウシーン・ハーン監督自身が担当しました。大した才能です。

⬆︎にあるように、コロナ禍が広がる直前の2019年末、突然モディ首相がヘンテコリンな市民権改正法制定に乗り出します。何がヘンかと言えば、ムスリム(回教徒)だけ除外というのだから、騒ぎにならない筈、絶対にあり得ませんよね。こんな簡単な理屈、小学生でも分かります。

国内のムスリムは約2億人、つまり全人口の15%弱を占めるのです。これを無視するって、初めから無理筋にきまっていますよね。

案の定、揉めに揉めて、死者も相当だして、とりあえずこの法律は成立、すでに施行されています。その結果、ヒンディー教徒らの優位性は確率され、モディ率いるインド人民党も一見安泰かのように見えます。

しかし、当然火種は抱えたままです。パキスタン、アフガニスタンら隣国から逃れてきた難民救済が表向きの法律で、もともとインドに居住していたムスリムたちは当面、なんの不都合も生じないのですが、将来的にはさまざま不利な立場に置かれることは間違いないでしょう。ひどい話です。

最初の抗議活動は大学で始まります。たまたまそこで映画制作を学んでいたシャヒーン・ハーン監督が、大学の外、首都デリー近郊でも、とりわけ女性たちによる非暴力抗議活動が始まり、これは看過できないと彼女がカメラを回し始めて、できたドキュメンタリーです。とうてい素人の作品とは思えません。

それにしても、インド人はよくしゃべります。女も男も老も若きも。日本人の10倍はしゃべりますね。よくぞああまでして、ながながと自説を開陳するか、そのエネルギーと意思の強さには感動すら覚えます。

よく言われますが、国際会議で議長の悩みどころは、どうやってインド人を黙らせるかと、同時にどうやって日本人をしゃべらせるかだそうですから。(笑)

「アンドリュー・ワイエス展」@東京都美術館(上野)

260624 これ、やっと行ってきました。

ワイエス(1917-2009)は、過去何度か日本で公開されていますので、結構愚亭には馴染みの画家です。

最初の展示は、この若き日の自画像です。もういきなり独特の世界観が示されていますね。背景は灰色の空です。寒々と荒涼たる野っ原が広がっています。寒そうに襟を立てたワイエス、視線の先はなんでしょうか。暗い表情で、なにかを探し求めているようですね。

人物そのものより人物にまつわる道具とか家具を対象にして描いています。

ほどんどモノトーンで描いていますが、時折このように鮮やかな色彩が混じります。ハッとする感じで、鮮烈な印象を残します。

珍しい題材です。氷の張った水面、底に沈んだ枯葉、でも1枚だけ、表面に乗っています。何かを暗示しているようです。

ずーっと興味を抱いていた隣家のオルソン家。オルソン家の姉と弟とは懇意にしていたようです。何枚も彼らを描いています。この屋根ですが、そのオルソン家がついに住む人がいなくなってしまった後の、寂れた姿を壊れかけた煙突が象徴しているようです。

なぜか3階に展示された作品は撮影OKだったので、1枚だけ撮りました。彼の作品の中では珍しく明るい色彩が際立っています。

計100点を超える展示でした。小品がほとんどで、テンペラ画、紙に水彩がほとんどで、油彩は1点もありませんでした。

以下に公式HPから抜粋して概要を紹介します。

20世紀アメリカ具象絵画を代表する画家アンドリュー・ワイエス(1917-2009)。第二次世界大戦後に脚光を浴びたアメリカ抽象表現主義、ネオ・ダダ、ポップアートといった動向から距離を置き、ひたすら自分の身近な人々と風景を描き続けました。その作品は眼前にある情景の単なる再現描写にとどまるものではなく、作家自身の精神世界が反映されたものとなっています。彼の作品には、窓やドアなど、ある種の境界を示すモティーフが数多く描かれます。境界は、西洋絵画史のなかで古くから取り上げられてきたテーマですが、ワイエスにとってはより私的な世界との繋がり、あるいは境目として機能しています。本展は、その境界の表現に着目して、ワイエスが描いた世界を見ていこうとするものです。

○みどころ
  1. 1. ワイエスの没後、日本初となる待望の回顧展
    1974年に東京と京都で33万人を集めた日本で最初の個展以来、1995年、そして2008~9年にもワイエスの展覧会が開催され、日本でのワイエス人気は不動のものになりました。本展はワイエス没後はじめてとなる、国内待望の展覧会となります。
  2. 2. テーマは「境界」。アンドリュー・ワイエスの精神世界へ
    ワイエスの作品には窓や扉など、「境界」を示すモティーフがたびたび表れます。それらはワイエスにとって生と死、画家自身の精神世界と外の世界をつなぐものだったと考えられます。本展では「境界」に着目し、彼の作品を見つめ直します。
  3. 3. 日本初公開となる作品多数
    ホイットニー美術館(ニューヨーク)の《冬の野》(1942年)、フィラデルフィア美術館の《冷却小屋》(1953年)、フィルブルック美術館の《乗船の一行》(1984年)をはじめ、10点以上が日本初公開。あらためてワイエスの魅力にふれる機会となるでしょう。