ぐらっぱ亭の遊々素敵

2004年から、主に映画、音楽会、美術展、グルメなどをテーマに書いています。

二期会公演「イル・トロヴァトーレ」@東京文化会館

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待望久しい公演。この演目は、主役4人の力量が揃わないと、なかなか実現が困難なので、あまり本公演で取り上げられることが少ない。それだけに、滅多にない好機とばかり、売り出しと同時に予約したので、10列目の25番(右セクション左端)という願ってもない良い席が取れていた。

さて、この作品だが、1853年初演の、ヴェルディ中期の傑作オペラで、とにかく冒頭からぶっ通しで有名なアリアや重唱が次から次へと続くから、主役たちの苦労は他の作品とは比べようがないだろう。みんな終演後はヘトヘトのはずだ。

主役はタイトルロール、トロヴァトーレになるマンリーコだが、対抗馬のルーナ伯爵も、何せ「月」の伯爵だからか、今回の舞台セットは全幕通じて大きなお月様が背景に出ているて、伯爵へのオマージュかも知れないし、それほど重要な位置付け。

この不倶戴天の敵同士の二人(実は兄弟)が争うファム・ファタルがレオノーラ、これまた堂々たるアリアのなんと多いことか。さらにそもそもこの悲劇のきっかけを作ったジプシー女、アズチェーナもすっごいアリアが続々。よほど太い声で、体力もある歌手でないと務まらない。

他にも忘れてはならないのが、イネスを演じた富岡明子さん。その実力のほどは、以前から知っていたが、久しぶりに聴いて、やはり進化し続けていると感じた。半世紀前に聴いたアンナ・ディ・スタジオより数段上手い。また出番は少ないものの、強い印象を残したのがルイス役の今尾 滋さん。数年前にバリトンからテノールに転向した人だが、まあるい感じの歌唱が穏やかな余韻を残す。

今回の公演では、マエストロ、演出、舞台セットはイタリアものだけに二期会としては、カネのかけ方も尋常ではなかったろう。

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珍しく左右横開きの幕が使用され、これが劇中もまことに効果的に使われていて、アッと驚く仕掛けが。

舞台セットは、実にシンプルだが、豪華さを感じさせる独特のもの。色使いは、ほぼモノクロームに近いものにまとめられていて、時折、効果的に鮮やかな朱が混じるという、これまた実にイタリア的で、分かりやすかった。こうした舞台セットのおかげで、これだけのオペラでは珍しく休憩(25分)は一度だけ。他は、薄暗い中で、ほんの少しオケが休める程度で、舞台転換を、それもほとんど無音で行ったことは、特筆に値すると思う。

演出も全体的に素晴らしいと思ったが、オヤっと思わせるものも。それは、全体を通して一番の聴きどころと言って良いマンリーコのDi Quella Pira (見よ!恐ろしい炎を)の場面だ。舞台中央、白い敷物で覆われている床に大きな白いベッドが。マンリーコとレオノーラのいるところへ、ルイスが緊迫した様子で現れ、敵の動きを報告。そして、例のスンチャカッチャチャっと前奏が始まるわけだが、どうも緊迫感の出ない演出ではないかな。

ついでにマンリーコ役のメキシコ人、エクトル・サンドヴァルの声が、ちょっと軽めで、この役には、もう少し重厚な声が望ましいだけに、物足りなさを感じてしまった。んで、いつの間にか、レオノーラの姿も下手へ消え、反対に、上手から兵士達が入ってきて気勢を上げるという寸法だが、後ろの新婚さん用のベッドがあっちゃねェ。

他にも、寝そべらせながら歌わせるシーンのなんと多かったことか。何も無理な姿勢にさせて歌わせることはないと思うのだが。自然な流れでそれなら仕方ないのだが、ルーナ伯爵の一番の聴かせどころIl Balen del Suo Sorriso (君の微笑み)も、横になったまま歌い始める。途中から立ち上がるが、それなら最初から立ったままでいいのではないかな。あれじゃ上江隼人さんが気の毒だ。上江さんはよく頑張られて、この難しい役を演じられたと思う。

レオノーラの並河寿美さんは、昨年、箪笥町区民ホールでの「ラ・ボエーム」で、そのうまさに感嘆したこともあり、この配役で、こちらの組のチケット買ったぐらい期待していたが、期待通り、素晴らしいレオノーラだった。後半はほとんど出ずっぱり、歌いっぱなし状態、よく最後まで立派な演唱で、感激でした。

アズチェーナの清水華澄さん、これほどのアズチェーナは、日本では滅多に見られないのではないかな。過去、生で聴いたジュリエッタ・シミオナートフィオレンツァ・コッソット級かも知れない。

まだ20代というマエストロ、アンドレーア・バッティストーニ、このところ日本では顔なじみになったが、まさに若さみなぎる演奏ぶりで、大喝采を浴びていた。都響もそれに十分応えた演奏であったし、二期会合唱団の素晴らしさは今更言及するまでもない。

53年前の1963年10月、同じ東京文化会館で第4回イタリア歌劇団で、この演目を見ているので、当時の様子を思い出しながら、感慨もひとしお。その時のキャスト陣は、

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今から思えは、やはり超スーパーな歌手が揃っていたことがうかがえる。末尾に書かれているように、これでデル・モナコがいたら、それこそ世紀の超豪華な顔ぶれになるところだったが、ま、でも代役のリマリッリも、結構上手だったから、良しとしよう。それにしても、デル・モナコの取り消し理由は、後でバレたが、こんなことでなかったのだ。

ともあれ、この公演は大成功と言って良いだろう。日本でもイル・トロヴァトーレが普通に聴けるようになったのは、何と言っても嬉しいことだ。