210719 ダブルキャストによる2公演ずつの筈でしたが、詳細は知りませんが、合唱団に陽性者が出たのか、初日の舞台が急遽中止になり、大いに気を揉みました。幸い、予定していた日曜日は上演できて不幸中の幸いでした。館内は6分ぐらいの埋まり具合で、あえて主催者側がそういう判断をしたのでしょう。演じる側にはちょっと寂しかったかもしれません。
ミラノ・スカラ座での初演が1893年ということで、1813年生まれのヴェルディ80歳の時ということになります。彼の最後のオペラで、しかも完全なる喜劇。ほかにもう一つ喜劇があるらしいのですが、今はほとんど上演されることのないマイナーな作品らしく、ファルスタッフが唯一のと言っていい喜劇でしょうか。
ヴェルディは1901年に亡くなるわけですが、本作が遺作ということになりましょう。最後の作品をこんなはちゃめちゃな喜劇で締めるなんて、まあずいぶんおしゃれじゃないですか。してやったり感、たっぷりです。
とても快適で、心地よいペースで劇も歌も進行していきますが、他のグランド・オペラと比べて、とりたてて耳馴染みの良いアリアがほぼないというのもこのオペラの特徴でしょうか。唯一と言っては怒られそうですが、3幕2場でナンネッタの歌う「秘密の洞窟から現れた妖精たち」が一番ここちよいアリアのような気がします。
解説によれば、シェイクスピアの「ヘンリー4世」と「ウィンザーの陽気な女房たち」の、まあいいところどりをしてアリーゴ・ボーイトが「ファルスタッフ」の台本を作り、多分、老齢でもあり、もうオペラ作曲はいいかなと思い始めていたヴェルディがこれに作曲意欲を大いにくすぐられ、作曲に至ったということのようです。
タイトルロールの今井俊輔さん、今が旬なバリトン、うまく役作りをしています。同じバリトンでも声質が大いにことなる清水勇蘑さんがフォード(フォンターナ)役をやりましたが、唸るほどお上手でした。
女声陣もバランスの取れた布陣で、アリーチェの高橋絵理さんと娘ナンネッタ役の三宅理恵さんは、多分10年ほど前に、「メリー・ウィドウ」で共演された時に初めてお聞きし、以来、ずーっと興味を持ち続けて聞かせてもらっていました。似たようなお年頃だし、ケミカルもぴったりで、久しぶりにお二人をたのしく拝見させてもらいました。
ところで、ナンネッタは何度か宮里直樹さん扮する恋人フェントンとのキスシーンや濡れ場(?)があるのですが、日本人の演出ではないだけに、これが日本の舞台ではなかなか見られないような悩殺演技で、ちょっと見ている側が照れ臭く感じてしまいました。清純一途という印象の三宅理恵さん、これを機会に芸域を一気に広げてくれることを期待したいものです。
メッゾで気を吐いていたのがベテランの中島郁子さん!2013年、愚亭の第九合唱デビューの際にご一緒させてもらい、その後も、多大な関心を抱いてすでに何度も聞かせていただいています。正確無比、安定感抜群の方ですが、オペラの出番はそれほどありません。今回のクイックリー夫人ってーのは、まさにぴったりの役どころ。この方の低音の豊かさには脱帽です。
指揮者は急遽代役に立った若手のイタリア人、珍しくサルデーニャ島のご出身で、短期間でオケと合わせていくのには結構苦労があったんだろうと察します。無難に終えたのではないでしょうか。
緊急事態宣言中にもかかわらず、こういう滅多に見られない演目をたっぷり堪能できたのはまことに僥倖そのものでした。