ぐらっぱ亭の遊々素敵

2004年から、主に映画、音楽会、美術展、グルメなどをテーマに書いています。

「TÁR/ター」

230606 TÁR  米 2h36m  2022  脚本・ 監督:トッド・フィールド (最後の監督作品から16年もの空白)

利用しているポイントカードのポイント有効期限切れの案内が来て、あわてて映画館に。しかも、本作の公開ももう終わりに近いため、午前10時という不利な時間帯に移されていました。愚亭としては、近頃眠りが浅いので、むしろ朝の方が睡魔に襲われないだろうという目算もありましたが、こんな時間に映画館に行くことは滅多にありません。

ケイト・ブランシェットが振る予告編がテレビでも以前流れていたので、興味は惹かれていましたが、事前情報なしで見て、こんな風な展開の作品とは予想していませんでした。単に女流指揮者の成功物語かと思っていたので、予想は完全に裏切られました。いやはや、でも深いし、終盤の展開も想像を超えるものでたっぷり楽しめました。それにしても2時間半は!!

いきなりオープニング・クレジットに意表をつかれました。大昔はいざ知らず、最近、のっけにクレジットというのは見たことがなかったし、俳優を含めてないのにこれが長い!さらに、始まると、会話シーンが延々、それもいわゆる音楽談義ですから、多少なりともクラシックファンに自認しているので、そこはそれなりに興味深かったですが、そうでない人にはこれはかなり苦痛だと思います。

しばらくすると、主人公リディア(ケイト・ブランシェット)のマスタークラスらしき教室のシーンになり、若手男性指揮者の卵がリディアにいびられまくって、とうとう悪態をついて出ていってしまいます。これがワン・テイク!この場面だけでもケイトさんのすさまじい演技力に既に脱帽!

次第に彼女の置かれている立場が明確になっていきます。私生活では彼女が初の女性マエストロとなったベルリンフィル首席の女性シャロン(「東ベルリンから来た女」のニーナ・ホス)がパートナーで、難民の子供を養子にし、リディアは父親役のレズビアン。また、秘書としてフランチェスカノエミ・メルラン燃える女の肖像」)とも、どうやら特殊な関係があるらしいことが次第に明らかに。

指揮者として既に大成功を収めている彼女、だからこそ天下のベルリン・フィルのマエストロに収まったわけです。現在は作曲も進行中、またマーラーの第5番の録音、著書の書き上げも控えており、精神的にもかなり追い込まれている状況なのですが、折も折、彼女がかつて指導していた若いクリスタとの揉め事にも気を配らねばなりません。さすがタフな彼女も公私にわたってトラブルが続き、耐えられるのか、ハラハラさせられますが・・・

残念ながら、破綻は免れないようです。それでも、終わりかたにはかすかな希望のひかりも見えたような気がしました。奇妙なところでの奇妙な演奏会ながら。

この作品が成功したとすれば、半分以上はケイト・ブランシェットの熱演に負うところが大だと思います。かなり長期にわたって入念な準備をしたのは間違いないでしょうが、指揮ぶり、ピアノ演奏、ドイツ語など、どれも初挑戦だったようですが、どれも見事で唸ります。

そもそもフィールド監督はケイトさん以外は考えていなくて、仮にケイトさんに断られたら、製作を諦めたと言っています。準備に時間がかかりすぎたのはコロナのせいでもあり、また資金面での問題もあったとか。

それにしても、多少メイクのせいかも知れませんが、ケイトさんのお顔、以前の出演作品に比べるとかなり微妙に変化しています。他にもランニングのショットやサンドバッグを思いっきり叩く場面なども、いかに体幹を鍛えていたかがよく分かります。まだ54なんですね。48のニーナ・ホスよりはるかに若く魅力的です。

それと、ファム・ファタル的にリディアの前に登場するロシア人チェリストのオルガ(ソフィー・カウアー)を人目も憚らず贔屓して重要なソロを演奏させたらりしますが、オルガからはいいように翻弄されてしまうリディアが哀れですらあります。ちなみにベルリン・フィルは楽団側の権利主張が強く、マエストロといえど勝手にソリストを決めたり楽団員を入れ替えたりできないことで有名です。昔、カラヤンが女流クラリネット奏者、ザビーネ・マイヤーを登用しようとして、楽団側と揉めたことも記憶に新しいところです。

このソフィーさん、実は本物のチェリストですから、映画の中での演奏シーンはすべて本人の生演奏!実に力強く、まさにこの役にぴったりの人をよく見つけたものと思います。

リディアとの会話の中で、ロシア人だから、当然ロストロポーヴィッチがあなたのヒーローよね?というリディアに、「いや、実はジャクリーヌ・デュプレが好きなの」と返します。それでいて、デュプレの旦那のバレンボイムのことは知らないというチグハグさが面白かったです。

期待が裏切られたわけではないですが、長すぎます。無駄な長尺の会話の場面をもう少し整理して、せめて2時間以内にまとめていればと思われてなりません。

この主人公のモデルがいるのかと思ったら、フィールド監督が生み出したキャラだそうです。それにしてもTárとはどこがオリジンか分からないけど、奇妙な名前ですね。