ぐらっぱ亭の遊々素敵

2004年から、主に映画、音楽会、美術展、グルメなどをテーマに書いています。

「妹背山婦女庭訓」ほか、松竹大歌舞伎@アプリコ大ホール

170630 毎年この時期になると、大歌舞伎がアプリコ大ホールにやってくる。

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しかもS席で@¥5,000は堪えられないから、ここ10年ほど、この公演は欠かさず観にきている。

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いずれも、愚亭には初めての作品ばかり。カミさんは子供時代に妹背山だけは観ているというが、内容は全く覚えていない。

この日、1日のために、歌舞伎専用の緞帳やら例の三色の幕、花道など設営する苦労は並大抵ではないだろう。

役者も、愚亭が知っているのは吉右衛門だけ。この人、ガタイも顔もでかく堂々としていて、出てくるだけで威圧感が違うのにはさすがだ。ガタイの割に声が甲高いのは意外だったが。

ちなみに、ほぼ一週間後、ここで大田区合唱連盟主催のコーラスフェスティヴァルが開催され、今年は運営委員ということで、下手にスタンバイすることになり、昨日はこれでもかというほど緻密な資料を元に最終打ち合わせを行ったばかり。ついでだから、あちこち動線などを確認してきた。

「海辺のリア」

170628 2016年作品 105分 脚本・監督:小林政広

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これは完全なる舞台劇で、動きもセリフも舞台を見ている感じだ。ラストシーンなど、海をバックに浜で朗々とセリフを唸る仲代の左右の動きも、きちんとカメラの視野に収まるように計算されている。フラッシュバックも一切なし。

カメラはほぼ定点での長回しが基本。仲代の一人舞台と言っていい作品。相性のいい小林政広と長いこと構想していたらしい。撮影の舞台になったのは、仲代お気に入りの能登半島、付け根にある羽咋郡の千里浜。

かつて高名な俳優、桑畑兆吉 (仲代達也、黒澤の「用心棒」の桑畑三十郎から取ったのだろう)が、今は年老い認知症を発症、娘由紀子(原田美枝子)と、その婿で弟子だった男、行男(阿部 寛)に体良く施設に入れられ、財産も奪われてしまう。

映画は、この兆吉がブツブツ言いながら、キャリアバッグを転がし、パジャマに長い黒のコートを羽織った姿で無目的に歩きまわわるシーンから始まる。やがて浜に出て、先を歩いている女性、伸子(黒木 華、実は兆吉の娘だが、私生児を産んだことで、兆吉から家から追い出された過去を持つ)に追いつき、色々と絡み始める。伸子は突如現れた男が自分の父親であると気づくまで、少し時間がかかる。

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一方、金沢の家から、今まさに車を発進させようとする行男、それを止めようとする由紀子、あんなお父さん、ほっておいたらいいのよ、どっかで野垂れ死んじゃえばいいのに、とまで言う由紀子。結局、二人でアクゥアに乗って探すことに。発進する車の横にはクラウンと、運転手と思しきヤクザ風の男(小林 薫)が映っている。

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その後、海辺、兆吉が収容されている施設、金沢の自宅の駐車場という三ヶ所だけで、5人の男女が繰り広げるドラマは、終盤、昔出演したリア王のセリフを繰り返し、自分が可愛がったコーデリアリア王の末娘 - ここでは伸子になる)の名前を、兆吉が口にしながら、うつ伏せに波間に倒れこむと、さっき入水自殺したはずの伸子が現れて、兆吉を抱きおこすところで幕。

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伸子を演じた黒木 華が素晴らしい!!堂々たる演技で、仲代の十分期待に応えたようだ。由紀子の不倫の相手と思しき運転手のセリフはたった一言、「悪党!」。ずいぶんもったいない小林 薫の使い方だ。

#43 画像はALLCINEMA on lineから

「ジーサンズ はじめての強盗」

170627 原題:GOING IN STYLE (自分らしく堂々と生きる、というような意味か)

米 96分 監督:ザック・ブラフ(日本公開の初監督作品、まだ48歳)

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1979年に作られた映画のリメイクだそうだ。そっちは見ていない。シルバー世代が若者並みに頑張っちゃう映画、最近、結構あるけど、本作は、さすが3人ともアカデミー賞俳優だけに、見事な出来栄え。特に会話がおかしい。かなりアドリブでやっているような感じ。マイケル・ケインが最長老で83アラン・アーキンが一つ下、一番若いモーガン・フリーマンも今年80になる。

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年金カットやらモーゲージに支払額のアップで、憤懣やるかたなき仲良し3人組が、銀行強盗をやるというんだから、まあ荒唐無稽。小手調べに近くのスーパーで万引きをするが監視カメラやら万引きGメンにはバレバレで、早速とっ捕まる。年寄りだから、無罪放免となるが、味をしめた3人、やはりこの道のプロの指南を受けようと、近くのヒスパニック系ペットショップ経営者から貴重な情報を取得。実は、このヒスパニックは、ジョー(ケイン)が銀行に行った時に襲った銀行強盗の一人。詳しいわけだ。

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決行当日、アリバイ作りに余念のない3人、ついに結構時間となり、すべては筋書き通り順調だ。一つだけ誤算があったのは、重い腎臓病を患うウィリーが、動けなくなり、うずくまった時に、そばにいたアジア系の子供に仮面を剥がされそうになり、黒人であることがバレてしまう。

 

しかし、面通しに来たこの娘、ウィリーが犯人と知っても、「この中にはいないわ!」と、すわとばかりに待ち構える警官たちをがっかりさせる。ウィリーが手に巻いていた腕時計にその娘と同じ年頃の孫娘の写真があったのを覚えていて、シンパシーを感じていたらから、敢えてそうしたのだった。

 

ともあれ、一応の大金を手に入れ、意気揚々と引き上げ、仲間を呼んでパーティーまで開いて、ジ・エンド。

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なかなかオシャレな作品に仕上がっていた。一番驚いたのは、何と言ってもあのアン=マーグレットさんが出ていたこと。上の写真でも分かるように、75歳とは思えぬ妖艶さ、特に口元、目元は昔のまんま。

#42 画像はIMDbから。

「ハクソーリッジ」

170626 原題:HACKSAW RIDGE  2016 豪・米 139分 監督:メル・ギブソン、製作に7人、製作総指揮に16人もが名前を連ねているのは、珍しいだろう。

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太平洋戦争末期、アメリカの中流階級で育ち、敬虔なセブンスデイ・アドヴァンティスト(キリスト教新興宗教の一つで「安息日再臨派」)教徒の若者が、戒律に法り、自らは武器を持つことなく戦場に出て祖国に尽くしたいという一念から、様々な障害を乗り越え、ついに衛生兵としての参加を認められ、ひたすら友軍負傷兵を救うことに自らの存在意義を見出していく話。これも実話をベースにした作品。

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⬆︎あまりの惨状と、自分の無力さに呆然とするデズモンド。

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⬆︎それでも、一人、また一人と負傷兵を崖下へと吊りおろし、最終的に75人の命を救うことに。この戦場での最大な功労者だろう。

後半、30分近い激戦の場面が最大の見せ場になる。耳をつんざく破裂音、爆音、銃弾を浴びて、血を噴き出しながら宙に投げ出される兵士、もんどりを打って地面に叩きつけられ絶命するもの、四散する頭部、手足、内臓、それに群がるネズミの群れ、ほとんど正視に耐えぬシーンの連続で、これぞメル・ギブソン・ワールドか。

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⬆︎せっかく激戦を生き延びたのに、再びハクソーリッジ攻略を目指す小隊。「早くかかれ!」と急がせる本部に対し、「いまデズモンドが祈りを捧げているからちょっと待ってくれ」と答える上官のグローヴァー大尉(サム・ワージントン)。彼らには、もはやデズモンドが一番頼りになる存在なのだ。

パッション」(キリストが裁かれ、鞭打たれ、ゴルゴダの丘へ向かって、ヴィーア・ドロローサをよろめきながら、登る姿を克明にとらえた)、「アポカリプト」(16世紀のメキシコ、アステカ民族同士の抗争、コルテスに滅ぼされるまでを描いた)などの撮影スタイルを本作でも貫いている、というよりどこまで迫真力を高めらるか、依然挑戦しているようだ。

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⬆︎ついに負傷したデズモンド、今度は自分が担架に乗せられ、崖下へつり降ろされることに。これがラストシーン。

沖縄戦の激戦ぶりは、つとに知られているとはいうものの、このような戦いがあったことについては、恐らくほとんどの日本人も、実は知らないのではないか。少なくとも自分は知らなかった。ハクソーリッジが前田高地を指すアメリカ側の呼び名ということも、今回初めて知った次第。海側から見るとギザギザとノコギリのごとく聳え立つ崖は、Dデイのノルマンディー海岸の最重要ポイントのポアント・デュ・オックの如く、攻める側からすれば立ちすくむ想いだったろう。そうした兵士の恐怖心を少しでも和らげようと、できるだけ沖合いからの徹底した艦砲射撃で、日本軍を壊滅状態に追い詰める作戦だったが、いざ高地の上にたどり着いた米軍兵士たちを待っていたものとは・・・・

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⬆︎日本軍と監督

歴史上、稀に見る激戦は数知れず、その多くはすでに映画化されていて、枚挙にいとまないほど。近年での戦争大作といえば、「史上最大の作戦」、「バルジ大作戦」、「遠い橋」など、第二次大戦のものが記憶に新しいが、最近は音響も、C.G.画面もどんどん進化しているから、凄まじいまでの戦闘シーンが生まれている。中でもスピルバーグの「プライベート・ライアン」やブラピ主演の「フューリー」、イーストウッドの「硫黄島からの手紙」などが代表的か。

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⬆︎メル・ギブソン、演技指導か?

そうした作品を戦闘シーンでの迫真力ではるかに凌ぐの本作だろう。間もなく封切られる「ダンケルク」も、海に追い落とされる連合軍の必死の抵抗ぶりがどのように描かれるか、大いに楽しみである。

さて、主役のアンドリュー・ガーフィールドだが、別に好きな俳優でもないのに、調べたら、彼の出演作で日本公開されたものは全て見ている。「A BOY」、「わたしを離さないで」、「ソーシャル・ネットワーク」などは、やや性格の弱いタイプの役が多かったような気がするが、最近は、意思強固なタイプを演じる機会が増えているような気がする。

アメイジングスパイダーマン」は措くとして、今年初めに封切られたスコセッシの「沈黙」の宣教師ロドリーゴなど、随分役柄が変化してきている。本作でも、頑固なほど戒律にこだわり続けた男を演じているわけで、彼の風貌や、やや華奢に見える体格などから、これがミスキャストにならないのか、と思えたが、エンドロールが流れると、実写フィルムで、デズモンド・ドス本人が登場、なるほどこれならガーフィールドで大正解と納得させられる。

 

#41 画像はIMDbから

 

 

日本語版「ラ・ボエーム」@日生劇場

170624

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応援している高橋絵理がムゼッタを演じるということで大いに興味を持った公演。チケット予約してから前編日本語上演と知って、多少動揺したが、恐れたほどの違和感はなかった。ただ、余りにも有名なロドルフォのCHE GELIDA MANINAやミミのSI, MI CHIAMANO MIMI, そしてムゼッタのQUANDO M'EN VOについては、やはりすんなりとはいかなかった。

 

日本語に置き換えた場合の音符との整合性みたいなものがすっきりはまらないのは否めないし、聞く側以上に、歌う側が大変だったとお察しする。

 

今後、日生としては、高校生を対象にこうした日本語上演を少しずつ増やしていく方向らしい。オペラファンの底辺拡大には一定の効果は期待できるかもしれないが、英国ですでに定着している英語によるオペラ上演のようにうまく行くかどうか。

 

主役級の4人は、皆さん素晴らしい演唱で、まったく文句なし。高橋絵理のムゼッタだが、歌唱自体にはなんの文句もないが、彼女の持っている雰囲気からすれば、やはりミミだろう。逆に北原瑠美の方がムゼッタ的雰囲気たっぷりという気がしたので、いずれ入れ替えバージョンで見てみたい。

 

今回、日本語上演だったが、字幕も出したことは英断だと思う。やはり歌になれば、日本語でも分からないことが多いのだから。

ところで、伊香修吾による演出もちょっとした話題に。幕が開くと、完全な静寂の中で、白一色の背景、ミミ以外の主役級の5人が登場、ミミの墓石と思しきところに白い花を一輪ずつ(ロドルフォだけは多め)置いて、四方へ去って行くと、途端に墓石が下へ吸い込まれ、あっという間に第1幕の屋根裏部屋のセットが組み上がって音楽スタートとなる、意表をつく演出だ。

 

第4幕は、ミミが息を引き取り、皆が嘆き悲しんでいると、ベッドごとミミの姿は下へ隠れて、墓石がせり上がり、冒頭のシーンとなる。よく計算された演出で、愚亭はこういう演出もありと思った。

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終演後、アフタートークがあったので、前から2列目に移動した見せてもらった。まずは演出の伊香氏が登場して一言挨拶。続いて主役級の4人が登壇、司会は自身オペラ大好き人間の元テレ朝アナウンサー、朝岡 氏。今回の苦労話などを中心に一人ずつにマイクを向けていた。

 

その後、入れ替わりにマエストロ園田龍一郎が登場、日本語上演についての苦労話が聞けた。彼はイタリア留学を通じて、いろんな技法を学んできただけに、そのことが自分の強みの一つと認識していると話した途端、横から伊香氏が、「でも、日本語、分かりますよね?」と畳み掛けていた。それはそうなんだが、やはり音符との関連性から言えば、イタリア語のセリフ・歌詞に合わせて作られているから、日本語をどのようにアダプトさせるかに最も腐心したようだ。それは、今回の歌詞を作った宮本益光も同様で、去年の九月から3人で頻繁に打ち合わせをしていたらしい。そこが今回の公演での一番の難所だったろうことは、容易に想像できる。イタリア語を英語に直すのとはわけが違うのである。

 

顔見知りのオペラ愛好家の一人、玉露氏に誘われるままに、楽屋裏へ高橋絵さんを訪ねた。日生のシステムはなかなか厳格で、簡単に入れてくれないので、結構時間がかかった。あらかじめ、申し込んでおく必要がある。すでに、メイクも落とし、完全スッピン状態だから、やはりちょっと楽屋まで訪ねるというのは、本来、控えるべきなのだろう。

 

以下は日生劇場撮影の画像をお借りして掲載。Photo by Chikasi Saegusa

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静寂の中で繰り広げられる第一幕冒頭と、ラストシーン。

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第一幕、Che gelida maninaを歌い始める場面 北原瑠美、樋口達哉

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カフェ・モミュス、すでにマルチェッロ(桝貴志)はムゼッタと仲直りしている。子供達の服装が随分金持ちそうなのが気になった。普通はもっと貧しい衣装なのだが。

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ムゼッタ(高橋絵理)が美脚を披露。

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第三幕、2組のカップルの競演。ダンフェール門(現ダンフェール・ロシュロー)の内側にあるカフェの前

 

#30 (文中一部敬称略)