ディーノ・デ・ラウレンティスが没したと今日の朝刊で知った。
失礼ながら、「まだ生きてたのか!」が実感。
1919年生まれで、30前後に「にがい米」(1948)や「道」(1954)を製作、2007年の「ハンニバル・ライジング」まで半世紀以上も製作者として頑張ってたとは、いやはや化け物だね。
ほぼ同じ時代を生きたもう一人の巨人はカルロ・ポンティ(2007年没 よめはんはついこの間、勲章を貰いに来日したばかり。)。ただ製作本数はディーノがカルロを圧倒していた。
愚亭でもディーノ製作作品は25本も見ているから、多分日本公開作品だけでも80本近い筈。合計166本というから、作りまくったもんだ。ただ、カルロに比べると圧倒的にハリウッド作品が多いようだ。
やはり印象深いのは前記の「にがい米」「河の女」「道」など、初期の作品に限られる。合掌
ハンニバル・レクター役のアンソニー・ホプキンスと。