ぐらっぱ亭の遊々素敵

2004年から、主に映画、音楽会、美術展、グルメなどをテーマに書いています。

「ウィンストン・チャーチル/ヒトラーから世界を救った男」

180409 DARKEST HOUR イギリス 125分 監督:ジョー・ライト

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チャーチルほど毀誉褒貶がはっきりしていた人物も珍しい。この作品では、彼の最も輝かしい一瞬に光を当てた感じがする。実際、5月のほぼ1ヶ月間の出来事だけを紹介している。そこがこの作品が大成功した最大のポイントではないか。フラッシュバックも使っていないし、ひたすらこの1ヶ月でのチャーチルだけを追っている。

一言で言えば、持って生まれた運なのだろう。まさに歴史の大きな転換点、それも世界中を巻き込んでの舞台だけに、心憎いばかりの千両役者である。

確実に迫り来るヒトラーナチスに、ほとんど蹂躙されかかった英国、誰もがそれを覚悟した時、まるで天啓を得たかのように吠えた男。それがウィンストン・チャーチル

ま、実態はほとんど一か八かの賭けのようなものなのだ。見ている我々も、対抗馬の外相、宥和派のハリファックス卿の主張の方が正しいのでは、と思えるほどチャーチルに不利な状況だ。すなわち、一刻も早く、依然として態度不鮮明なムッソリーニを介してヒトラーと和平交渉に入り、ダンケルクで立ち往生している33万人を救おうというのがハリファックスの主張。

映画では、崖っぷちのチャーチルが夜遅く国際電話でアメリカのルーズベルト大統領に力を貸してくれと懇願する場面が印象的。当時、アメリカは武器輸出ができない条約発動中で、断られてしまう。

ただ葉巻を吸い続けるチャーチル、まずは国王ジョージ6世が、それまで彼を嫌っていたのに、逆に励ます側に、そして市井の人々の声を聞けと告げる。もちろん、チャーチル夫人のクレメンティーンも時折弱音を吐くウィンストンに、しっかりせよと強くゲキを飛ばし続ける。

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⬆︎突然地下鉄に乗車してきたから、乗客はびっくり。ここで、普通の人々から聞けた話が彼に勇気百倍をもたらす。(チャーチルが地下鉄に乗ったという記録はなく、これは映画のためにつけたした監督の創作。ちょっとやりすぎかも)

こうして決断したチャーチル、あとは決めた道をひた走る。

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⬆︎国会での大演説で、圧倒的な支持を得て得意満面のチャーチル。これでハリファックス提唱の宥和策は立ち消えとなる。この場面のセットは本物より一回り小さいらしいが臨場感たっぷり。

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⬆︎有名なVサイン。初めての時は手の甲側を向けたから、それが何を意味するか、秘書から聞かされて大笑いする挿話が紹介されている。

民間から280隻ものボートを調達し、それがダンケルクの奇跡につながる。(だが、そのために4,500人ものカレー守備隊をまるまる犠牲にするが)順番は逆だが、「ダンケルク」を見ておいてよかった。(1942年のウィリアム・ワイラー監督の「ミニヴァー夫人」でも、ダンケルク救出作戦場面が登場する)

こうして息を吹き返した英国は、その後のバトル・オブ・ブリテンでも勝利し、奇跡の逆転勝利を収める。

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アカデミー主演男優賞を獲得したゲイリー・オールドマンは、1年に亘って徹底的にチャーチルを研究し、表情、仕草、癖、声音、etc.を完全に自分のものにしたようだ。奥さんをして「寝る時はチャーチル、起きる時はオールドマンが隣にいるの」と言わしめたほど。葉巻を1年で3万ポンド(450万円)も吸い続け、撮影終了後、大腸ガンのチェックを受けたほどだそうだ。

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メイクアップ・アーティストの辻一弘はこれでアカデミー賞受賞となった。彼の才能を信じたオールドマンの凄さ。確かにどんなクローズアップでも、まったく分からないほど微妙な肌の質感、頭髪の自然さには脱帽だ。目がクロースアップされるとオールドマンと気づくが、喋り方、姿勢、メガネを下げて上目遣いの表情などは我々がよく知るチャーチルそのものだ。

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夫人役はクリスティン・スコット・トーマス。気品と芯の強さを持つこの役にはぴったりのキャスティング!間もなく還暦を迎えるとは思えない。英国人だが、フランスでの生活が長く亭主もフランス人ゆえ、完璧な英仏バイリンガリスト。

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ジョージ6世役を演じたのは唯一英国人でない俳優、ベン・メンデルソーンメルボルン出身のオージー。顔がジョージ6世に似ているからという理由で抜擢されたらしい。

国王との朝食会で、ほとんど食べ物に手をつけない国王とは対照的に、朝からワインは飲むはステーキは食べるは葉巻は吸うは、やりたい放題。

チャーチルはもともとジョージ6世の兄にあたるエドワード8世を支持していて、例のシンプソン夫人との愛を貫くために退位することに大反対だったこともあり、ジョージ6世はチャーチル嫌いだったそうだ。

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⬆︎タイピストというより、ほとんど秘書のような役回りだったミス・レイトン(リリー・ジェームス)は実在の人物で、もっとも身近な存在。ある意味、夫人よりもチャーチルを理解していたかも。「ダウントン・アビー」、「シンデレラ」、「戦争と平和」など立て続けに日本でも紹介されているが、こうした地味な役も悪くない。

タイプライターの脇にある写真にチャーチルが気が付き、「恋人?」と聞かれ「いや兄です。ダンケルクで戦死しました」と告げたときの場面がなんとも泣かせる。

飽きることなく画面に釘付けの125分だった。

#27 画像はIMDbから。