210324 この1年、ほぼ内覧会がなく、久しぶりに連絡をいただき、さっそく応募したところ、運良く当選となった。前回この美術館に足を運んだのは多分、一昨年の秋頃か。
型通り受付前に検温と手の消毒があり、間隔を開けての入館。いつもであればまず館長からご挨拶と概要説明、ついで担当学芸員から詳細説明があるのだが、今回はこれらはすべてカット。すぐ自由鑑賞。特別な許可で撮影は可能だが、基本的に1点撮りは禁止。
英国絵画史で傑出する18世紀の画家の中では、ちょっと前のジョシュア・レイノルズ(1723-1792、ロイヤル・アカデミーの初代会長)、トーマス・ゲインズバラ(1727-1788)が肖像画を多数残しているのに対し、ジョン・コンスタブル(1767-1837)、およびほぼ同時代人であるウィアム・ターナー(1775-1851)は肖像画よりむしろ風景画に多く傑作を残している。ちょうど風景画が単なる人物画の背景という位置から格上げされた時代でもあったようだ。
コンスタブルは遅咲きの画家で、ターナーが26歳でロイヤル・アカデミー会員になれたのに対して、その倍の52歳でやっと会員になれたというから、実に対照的である。
個人的には格別好きな画家というわけではないが、在英時代(1982-88)、ひんぱんにその作品を目にしていた画家の一人で、今回の企画展は懐かしく鑑賞した。もっぱら戸外にキャンパスを持ち出して描いたとされ、印象派の先取りをしている風でもある。
章立ては、
1. イーストバーゴルトのコンスタブル家
1.1 初期の影響と同時代の画家たち
2. 自然にもとづく絵画制作
3. ロイヤル・アカデミーでの成功
4. ブライトンとソールズベリー
5. 後期のピクチャレスクな風景画と没後の名声
5.1 ロイヤル・アカデミーでの競合
5.2 イングランドの風景
5.3 晩年
出品作品数:65点(うち油彩46、ほかは水彩、グラファイト、メゾチントなど)また、5.2章イングランドの風景のほとんどはコンスタブルの原画をもとに制作されたメゾチントによるもので、郡山市立美術館蔵。
1歳年上のターナーとは互いに刺激しあった仲だろう。
この場所は愚亭が当時(1982-87)住んでいたフィンチリーから遠くないところにあり、しばしば通ったところだが、当然ながら、今ではこういう風景は見られない。
ワーテルローの戦いでナポレオンに勝利した2年後、後にジョージ4世となる皇太子の臨席のもと盛大に開かれた祝典。奥にロイヤル・アカデミーの本拠地であるサマーセット・ハウスが白く陽光に輝いているのが遠望できる。
左側はターナーの「ヘレヴーツリュイスから出港するユトレヒトシティー64号」。手前に赤いブイが後から描き加えられたのは、隣り合わせに展示されていたこのコンスタブルの作品があまりに見事で入館者がそちらにばかり注目するのを嫉妬したからとか。
これだけまとめて日本でコンスタブルを見るチャンスはそうあるものではないので、貴重な機会と思われる。会期は5/30(日)まで。
なお、ここに掲載した画像は主催から特別な許可をいただいて撮影したものです。また一部は公式ホームページから借用しました。