ぐらっぱ亭の遊々素敵

2004年から、主に映画、音楽会、美術展、グルメなどをテーマに書いています。

「ボーダー 二つの世界」

191105 GRÄNS (英 BORDER)110分 スェーデン・デンマーク 脚本・監督:アリ・アッバシ(名前で分かるように、イラン系

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並外れた容貌ゆえ、幼少時からひどい差別を受けながらもやっと普通の生活を送れるようになった。港湾の税関検査官として、その特殊な嗅覚ゆえ不法持ち込みを防ぎ、重宝がられている。家では、犬にしか興味のない男がいつからか一緒に住み始め、それなりに満足しているが、何かが人間として自分には欠けていると感じて久しい。

そんなある日、税関に現れた一人の男、容貌が似ているだけでなくどこかに共感している自分に気づく。彼を自宅に招待してみると、いよいよ自分のアイデンティティが確かなものに見えてくる。

北欧民話にヒントを得たような作り方が印象に残るが、気味悪さ、おぞましさが想像以上で、どうもあまり後味がよろしくないが、純粋に映画作品として観察すれば、よくできていることは認めざるを得ない。

それにしても、特殊メイクの凄さには脱帽あるのみ。

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これが主演二人の生の顔。男の方はややメイクに近いが、女の方はまるで別人。それはそれとして、薄暗い泉に飛び込んで見たり、山野を素っ裸で駆け回ったり、気味の悪い虫を口に入れたり、撮影とは言え、よく耐えたものとプロフェッショナルな二人には恐れ入る。

この日本語タイトルだが、人間とそうでないものとの対比、境目としてボーダーであるのは間違いないが、国境と取られかねないので、敢えて「二つの世界」という副題を入れたか。ラストは、女の方は、まあなんとか自分自身に折り合いをつけて、中途半端ではあるが、このまま生きていこうとする心構えのような笑顔を見せてエンド。(男の方は、人間を許しがたい存在として、最後は自ら関係を断つという設定)

#66 画像はIMDbから。毎年この時点では映画館鑑賞作品数はゆうに80本は超えているのだが、今年はNetflixAmazon Premiumにより、自宅で見る映画・海外ドラマが断然増えて、さらにこの傾向は加速すると思われる)

大田区西六郷鎌田記念合唱団の演奏会へ

1911103 アプリコホールでの第1部と第2部の合間を縫って、招待券をいただいていたこの演奏会へ。ドボルジャークのチェロ協奏曲終演と同時に会場を抜け、下丸子へ。それでも、こちらの演奏会開演から1時間経過しており、2部からの鑑賞となった。

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23区中一番広い大田区だから、合唱団も80団体近く存在する。その中でもトップクラスの実力を持つこの老舗合唱団、コーラスフェスティヴァルや合唱祭で聞く機会もあり、団員に知り合いもいるので、普段から親しみを感じる団体。

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ごらんのように、日本の歌がメインで、外国の歌もすべて日本語による歌唱である。後方で聞いていたこともあるが、やはり日本語であっても(日本語ゆえか)歌詞がよく聞き取れないのは、やはり厳しいところだ。

我が合唱団も同じこの会場で12月に定期演奏会を迎えるので、大いに参考になった。誰もが知っている上記終盤のポピュラーなものはともかく、歌詞が聴衆にしっかり伝わらないと、旋律、リズムしか聴衆に訴えられないわけで、今からかなり心配だ。

この団の特徴は、今回合同で歌っていた西六郷少年少女合唱団の団員が成長して当該合唱団へとという流れゆえ、互いに知り尽くした幼馴染同士ということであり、これはハモる上では断然強みだろう。

最後に、舞台手前、両翼にいっぱいいっぱい全員が広がって、多摩川に育ち、多摩川に育てられたという河への愛着を込めて、「川の流れのように」を一節ずつ男女交互に全員が歌いつなぎ、最後に再び舞台中央によって締めくくった場面は感動的であった。

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羨ましい男女のバランス!

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花束贈呈

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会場出口で聴衆へ挨拶。泣いている女性団員、少なからず。

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なかなか感動的なお見送り

#70

大田区アマオケの祭典2019へ

191103 蒲田での合唱練習の後、近くのアプリコへ。

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第1部は馴染みのハイドン室内管弦楽団の演奏会。

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上野マエストロは昨年6/30真夏の第九、「響友第九」で振っていただいた指揮者

後半は楽しみにしていたドボルジャークのチェロコン!

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登場した瞬間、「こりゃデカい!」と思ったほどの長身男。1.9mはありそう。無精髭、頭頂部はすでにかなり薄く、黒っぽいジャケットの下はワイシャツにノータイで、全体に演奏家らしくないいでたち。腕の方は、しかし、さすがチェコ人、ドボルジャークはお手の物という感じ。

このソリスト、珍しく楽譜台を立てての演奏。ほぼ暗譜だが、楽譜に何か記してあるのか時折見る程度。また、マエストロとかなり頻繁にアイコンタクトをしっかり取る演奏スタイル。一般的には、ソロが好きなように弾いて、指揮者の方がそれに合わせることが多いように思うが・・・。

この管弦楽団、結構高齢者が目立つ。チェロの3列目には3人ほど。ヴィアオリンもやや年齢が高そうな団員がちらほら。別に、演奏自体にはなんら影響はないが。

夕方開催の第2部は、その名も「大田フィル」だから、気分的にも断然応援したくなる。

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金井 誠という指揮者、おしゃべり好きらしく、登壇するやすぐマイクを持ち、バッハとヘンデルにまつわる面白い逸話を披露していた。

「水上の音楽」は、ホルンが活躍する場面が多く、結構ハラハラドキドキさせられた。その後のミュージカル、楽団員もぐっとくだけて楽しげに演奏。こちらも、リラックスして往年の懐かしいミュージカルの調べにノリノリに。「威風堂々」、ロンドンの風物詩の一つと言える秋のプロムズ最終日の定番で、マエストロによればちょうど翌日がプロムズ最終日だそうで、自分たちは、1日早くこの曲をお届けできますと挨拶。相当自信たっぷりに演奏しきった。

逆に後半の「運命」は、いささか力不足というか練習不足のような印象を受けた。2日前にやはり同じところで、都響の「運命」を聞いたばかりというせいも、多少あったかも知れないが、そもそも出だしはもう少しきびきびと出て欲しいし、やはりホルンがいささか、という風に感じた。ま、でも後半、かなり盛り返して、終わってみればいい演奏だった。アマチュアでここまでできれば大したもの。

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今日はコンバス4台で、仲良く仏独仏独と弓の持ち方が別れていたのが面白かった。こちらは1部のハイドン室内管弦楽団に比べると、団員がみなかなり若い。これから、まだまだ上手くなるだろう。期待したい。

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左側バルコニー席最前列にはビデオ撮影スタッフが陣取る。

#69&71  文中敬称略

「運命」+「田園」by 都響✖️井上道義

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ほぼ満員の盛況。高齢者の姿、すこぶる多し。都響には申し訳ないけど、井上道義ファンが多数詰めかけていた模様。

同じ頃に作曲されて、同じ日(1808年12月22日)にウィーンで初演された、あまりにもポピュラーなこの2曲で、しかもこの指揮者、さらにこの価格なら満員は当然だろう。

愚亭も小学校5年で初めてこうしたクラシックに触れ(それまでは家に蓄音機がなかったから仕方がない)、すぐに好きになったのが「田園」。前半、あまりにも心地よくついウトウト。途中から、オペラグラスでつぶさに団員や指揮者の振り方を見ていた。

「田園」では、指揮台をあえて外して、広々した平場で、好きなように、踊るが如く指揮をしていたが、「運命」では、指揮台を据え、しっかりした振り方に変えていた。この人のパフォーマンスや身振りはやはり日本人離れしていて、ちょっとしたジェスチャーがごく自然で、かつ嫌味がないのは持って生まれたものなのだろう。

終演後、主だった奏者を指して喝采を浴びさせたりする場面でも、指示が明確ゆえ、奏者がまごつくことは皆無。基本的に首席を極度に重要視する姿勢が顕著。握手する際、第1プルトでも、首席としか握手しないから、次は自分かとうっかり手を出したヴィオラ奏者がスルーされ、思わず苦笑いの場面も。

「田園」では、上手奥にティンパニー、すぐ下にトランペット、右にトロンボーンと並ぶのはよいとして、トロンボーンの右手、つまり舞台の前方になんとピッコロ奏者が。「田園」の第4楽章、嵐の場面でピッコロが耳をつんざくような高音を発するが、そのために前に出したか。

「運命」は奏者の数も2,3割増しだから、通常のならびに戻したが、なかなか興味ふかい楽器配置だった。

#69 文中敬称略

東京大聖堂関口教会でモーツァルトをたっぷり

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演奏時間は47分。あまり馴染みのないものだが、どれもいかにもモーツァルトらしい、素晴らしい小品集。

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オケ、合唱とソリストたちの織りなす見事なハーモニーが、世界的に知られる大聖堂の巨大空間を満たし、感動の2時間だった。

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ソリスト陣、偶然かどうか全員芸大出。合唱指導の岩村輝志子はマエストロのご母堂。

去年の3月にここでマーラーの「復活」を合唱で歌う機会があり、得難い体験をしたが、聴くのは今回が初めて。1曲目の弦の音で、響の素晴らしさがたちまち実感できた。

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今日は左側の前から4列目。椅子は聖堂内だから、とうぜん木製の固い長椅子。長時間耐えないと。

このアマデウス合唱団はプログラムによれば、54年もの長きにわたって活動しているらしいから、アマチュアとは言え、かなり高いレベルを維持できいているのはむべなるかな。

おそらくアンサンブル・カリタスにも同様なことが言えるようだ。ほとんどの団員がかなり若手なので、団員数も多くなり新陳代謝も進んでいることだろう。ちょうど目の前にはティンパニーが見え、このパーカッショニストもかなりお若いお嬢さん。

ソリストでは歌い出しを担った富平安希子が抜群の力量を発揮、またこのところこうした宗教曲の出番が多いヴェテランの長谷川 忍も安定した歌唱力を誇るが、いかんせん低音部が多く、響きがいかによくても、後部座席の聴衆にまできちんと届いていたかどうか。

ベースの酒井 崇は初めて聴いたが、すばらしい声質とヴォリュームで、ここのスペースには一番合っているように思えた。逆にテノール岡田尚之は指折りの巧者であるのは間違いないが、この場所では、わずかながら声の硬さのようなものが感じられたのは愚亭だけだろうか。

モツレクは2年前、日声協が募集した祝祭合唱団の一員として「海の日」チャリティーコンサートで歌っているが、抜粋でもあり、次のチャンスでは全曲を歌いたいと切に思った次第。

Tuba mirumでのトロンボーンが聞かせてくれましたねぇ〜、歌手たちには申し訳ないけど、ここは金管の音にしびれていた。

アンコールは、定番のアヴェヴェルム・コルプスで終演。ちょうど2時間15分(うち、休憩が20分)

帰りも有楽町線護国寺駅を利用。急いでも徒歩10分だから、アクセスは必ずしもよくはない。今後、あまり来ることもないだろうけど、大田区の我が家から1時間以上かかるところはそろそろ敬遠したい。特に真夏の昼と真冬の夜は。

#68(文中敬称略)