ぐらっぱ亭の遊々素敵

2004年から、主に映画、音楽会、美術展、グルメなどをテーマに書いています。

「やがて来たる者へ」@イタリア映画祭

210627 L'UOMO che verrà(やがて来る男)2009年の作品ですが、日本で公開されたことはまったく覚えていません。今回、イタリア映画祭の後半、旧作の配信開始で、¥800で視聴できました。

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この邦題はいいですね。ほぼ原題どおりですが。

1943年、ボローニャ近郊の寒村、マルツァボットが舞台です。翌1944年秋に実際に起きたナチスドイツによる村民虐殺事件をベースにして作られた作品です。この種の話は、実はあちこちにあって、ギリシャやフランスでも、ナチスによる残虐な皆殺し事件が起きており、こうした事実を題材にした映画作品も多数作られています。愚亭も関心が高いジャンルなので、いくつか見ております。中でも米国製(スパイク・リー監督)の「セント・アンナの奇跡」(同じ2009年)は、やはりイタリアが舞台だけに、特に印象深い作品です。

本作は製作・脚本・監督をイタリア人のジョルジョ・ディリッティが務めているだけに、なにか特に真実に近い作品と思えてしまいます。

本作の主人公は8歳のマルティーナ(グレータ・ズッケリ・モンタナーリ)です。いかにも利発で聡明そうな雰囲気を持っているのは、上の写真の通り。(でも10年後、19歳の近影は、このようになっていて、ちょっと中東風の顔立ちです。)彼女の視線で描かれていると言っていいでしょう。

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冒頭のシーンが、ラストシーンに繋がっていることに気づくのは、かなり後になってからでした。


マルティーナは、生まれてすぐ亡くなった弟の死で周囲のだれとも口を利かなくなっているという設定です。しかし、直感力やちょっとした環境の変化への対応は天性のものなのでしょうか。それが後々、自分はもとより、家族や村民の運命に大きく関わることになるのです。

日本、ドイツと同盟関係で連合国と対峙していたイタリアですが、すでにこの頃は敗色濃厚で、シチリアやローマ近郊アンツィオの海岸から上陸したアメリカ軍にジリジリと押されて、国内はムッソリーニのファッシスト、つまり独軍に協力する派と、連合国側に立つ側、さらにパルチザン(イタリア語ではパルティジャーノ)も加わり、複雑な情勢です。

情報が乏しい当時のこと、こんな寒村のことですから、どうなっているか状況がよく分かりません。時折、パルチザンからの情報で、なんとなく危険が迫っていると感じる程度で、時が移って行きます。

村は森に囲まれていて自然豊かな土地、貧しいながらも心豊かにひとびとが生活しています。しかし、こんなところにも、刻々と酸鼻を極める悲惨な運命が近づいていることに、村民はだれも気づきません。

マルティーナの家では、母親レーナ(マヤ・サンサ)が身重でありながら、必死で一家を支えています。また叔母のベニアミーナ(アルバ・ロルヴァケール)も、おばあちゃんから「ろくに仕事もしないようなやつは出ていけ」などと散々嫌味を言われながらも、マルティーナを可愛がります。

ある日、森の中で、パルチザンナチス将校たちの乗るジープを狙撃、殺害して車を森に隠します。そんな中、ナチス兵の中にも村民に好意的に振る舞う者もいて、マルティーナの家族たちと外でピクニックをするシーンも描かれます。中でも、軍用のパンをふるまう、とりわけ優しい兵もいて、心が和みます。

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ドイツ兵に塩を持っていくベニアミーナ、胸の一番上のボタンをさりげなく外します。

ところが、見るからに優しそうなこの兵が、ある日、マルティーナが森の中で偶然見かけるのですが、パルチザンにつかまり、処刑されます。もともと口を利かない子が、もう利けない子になってしまいます。切ないです、このシーン!

こうなれば、もう覚悟するしかないでしょうね。当然報復ですよ、あとは。映画の残り1/3ぐらいは、ちょっと辛すぎて・・・。せっかく一瞬のスキを見て、山中に隠れ生き延びた父親、また将校が一人一人死体を確認しながらトドメを刺すのですが、自分の妻に似ているという理由だけで、将校から脚の銃創の手当を受ける叔母のベニアミーナ、やれやれ助かった、と思ったのですが・・・。

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阿鼻叫喚の地獄絵図が、

乳飲児の弟を必死で世話をしながら、逃げ回るマルティーナ、誰もいなくなった自分の家の庭にあって、今は横倒しになった大きな木の枝の上で、かつて母親が自分に歌ってくれた地元の子守唄を歌います。静かにエンドロールが流れていきます。このタイトルが生きます。

このマルツァボット(Marzabotto)という村ですが、Google mapsで見ると、大聖堂がないのです。ストリートビューでも確認したのですが、どういうことでしょう。イタリアではどんな小さな自治体でも必ず中心地には大聖堂でなくても教会があるのに、どうなったんですかね。忌まわしい過去を消し去るために敢えてそうしたんでしょうか。ちょっと不思議です。

母親役のマヤ・サンサ、ちょっと目つきの鋭い、特徴ある顔が印象的です。それもそのはず、父親はイラン人だそうです。長編「輝ける青春」で初めて見て、印象に残りました。その後「夜よ、こんにちは」、最近では、海外ドラマ、キャリー・マリガン主演の「コラテラル」にも出ています。日本公開の出演作はほとんど見ていると思います。

叔母のベニヤミーナ役のアルバ・ロルヴァケールも、出演作をほんとによく見てます。というか、彼女が出るから見ようと思ったのかも知れません。前にも書きましたが、マヤ・サンサとは別の意味で特徴ある風貌、それに見事な演技で強いインパクトを見る者に与えます。

それから、地方の寒村とはいえ、ボローニャからそれほど遠くない土地で、これだけ激しい方言というのも少し意外でした。津軽弁とまではいいませんが、ま、それに近いような感覚で聞いていました。地元民も多数出演していたと思いますが、主役陣は方言の特訓で大変だったことでしょう。