221031 以前から行こうと思いつつ・・・今日は殊の外、天気がよく小春日和の中、友人たちとの会食の後、不忍池近くの旧跡を訪ねてみました。庭園の一部は工事中でした。
岩崎彌太郎が創業した三菱の3代目当主、岩崎久彌(彌太郎の長男)が本邸として明治29年に建立したものです。150坪の敷地内に20棟もの建物を配していたようですが、戦後、国の所有となり、現在はこの本館、隣接する和館、そして本館の傍にある撞球室の3棟を残すのみです。
設計は英人のジョサイア・コンドル(鹿鳴館、ニコライ堂、三菱一号館などを手掛けた政府おやとい外国人の一人、後、親交のあった絵師、河鍋暁斎に師事、日本画にも天才的な技を振い、暁斎から暁英なる号を賜った)です。
随所に英国趣味が生かされています。家具や内装にはジャコビアン様式(エリザベス1世の後を継いだジェームス1世の時代に好まれたスタイル。ジャコビアンとはジェームスのラテン語Jacobs由来。多少、装飾過多とも言えそうな様式。)こんな具合です。⬇️
テラスに敷き詰められている模様、特徴あるデザインですが、これもまた英国産のミントンです。
左側突き出た部分は本館1階のサンルームです。右奥が撞球室、つまりビリヤードに興じた空間です。スイスの山小屋風のしつらえですが、よく見ると、外側は校倉造りになっています。撞球室と本館は地下通路で繋がっています。雨天の場合のことを考えたか、あるいはそれ以外の目的かな?(笑)
この界隈、森鴎外の「雁」の舞台になっていて、主人公が憧れる東大生の岡田が通学していた東大医学部はこのすぐ裏に立地しており、不忍池方向に下る坂道には無縁坂という洒落た名前がついています。