220211 幸い、東京23区は昨日の雪も大したことはなく、今朝は朝から晴れ間で、しかも気温もだいぶ上昇気味。午後から久しぶりに錦糸町へ。ウチの合唱団員から誘われてショスタコビッチを聴きに行きました。
愚亭にはグスタフ・マーラー(1860-1911)に作風が似ているところのあるディミトリー・ショスタコビッチ(1906-1975)の交響曲はかなり好みなんです。15曲も交響曲を作った作曲家って、割に珍しいでしょう。さすがに46年がかりではありますが。
100曲以上のハイドンは別格として、モーツァルトは41、他にはマーラー、ベートーベンとドボルジャークが代表的なところですかね。
彼のこれだけあるシンフォニーの中で「運命」とか「田園」のようにニックネームがついているのは、2番が「十月革命に捧ぐ」、3番が「メーデー」、5番「革命」、7番「レニングラード」11番「1905年」、そして12番が「1917年」となっています。また、人気度順には5, 6, 9, 12, 1番という説があります。今回聞いた中では9番が3番目に人気があるようです。でも、私には10番の方が聞き応えがありました。
9番の演奏時間は25分で、シンフォニーとしてはかなり短い部類です。10番は倍の50分。ただ2楽章は4分足らずで、昨日の演奏会ではアンコールにこれを取り上げたほど。その前にマエストロから「とにかく速いのがこの楽章で、今日は記録に挑戦します」と。4分を切るのは当然とされていましたが、終わってみれば3分39秒と、最速記録樹立らしいです。「みなさんは、この歴史的瞬間に立ちあわれた証人です!」と宣言されました。
この変わった名前(またお会いしましょう=さようなら)のオケは首都圏の大学オケ経験者を主体に1992年に創立、いわゆる一発オケのはずだったのが、よくある話ながら、せっかくだから、またやりましょうよ、ってなことで以来延々と続いているようです。指揮者は1回目からずっとマエストロ長田(おさだ)雅人が常任で続けています。
このマエストロ、愚亭も昨年末、急遽募集のきゅりあん第九でお世話になりましたが、大柄で見るからにおっとりとされた魅力溢るる方です。多分、始終洒落を飛ばして周囲を魅了するようなタイプなんでしょう。
楽団名からか、ショスタコビッチを始めとするロシアものが得意なんでしょうかね。偶然かどうか、団員が装着していたマスクは赤が8割(残りは白)でした。楽器編成ですが、最近ではむしろ珍しい左から第1、第2ヴァイオリン、ヴィオラ、チェロとチェロが前面に並ぶ方式を採用していました。
コロナ禍で練習機会もままならない中、まあ、よくこんな難しい曲で本番を迎えられたものと感心するしかないです。団員同士の結束が大変固いのは、配布されたプログラムでよくわかります。団員の中に文章や漫画をかける才能のある方が多いらしく、これだけ読みでのあるプログラムはあまりお目にかかれません。
この厚手のプログラムの中に面白いことが書かれていました。ショスタコビッチは自分のイニシャルをドイツ語風にDとSCHに置き換え、さらにこのDSCHを音名にはてはめてレミ(♭)ドシとして、10番の3楽章と4楽章に散りばめて重要なテーマにしたそうです。作曲に、遊び心を生かしていたんですね。
蛇足ながら、なぜか今日、マエストロのマイクを通しての声はほぼ聞き取れました。ということは、マイクの調整によるんでしょう。先日のミューザ川崎の調整はできていなかったということになるんでしょう。PAさん、よろしく頼みますよ。でも、結局、ミューザ川崎でのショックから補聴器は買ってしまいました。