ぐらっぱ亭の遊々素敵

2004年から、主に映画、音楽会、美術展、グルメなどをテーマに書いています。

「乳母」@イタリア映画祭

220716 LA BALIA (乳母)1999 イタリア 監督:マルコ・ベロッキオ 原作はイタリアが産んだ偉大な劇作家、ルイージピランデッロ(1867-1936)です。

⬆︎見るからに古臭いポスターと思ったら、1999年の映画でした。出演作、何本も見ているタイトルロールのマヤ・サンサが若いわけです。この人、目力がすごく一度見たら忘れられない強烈な印象を見る者に残します。ローマ生まれ・育ちですが、純粋なイタリア人とはちょっと違うなと感じてたら、イラン系なんです。確かに中東風の目鼻立ちではあります。ま、それはともかく・・・。

時代は前世紀初頭のローマ。裕福な精神科医、モーリ先生のところに子供が誕生します。ところが夫人のヴィットーリア(ヴァレーリア・ブルーニ=テデスキ)は、出産するとある種、育児放棄というか、ちょっと新生児への愛情が普通とは違うのです。

困った先生、乳母を雇うことにして、村からそれらしき女を集めて、えらんだのがアンネッタという女性。彼女も乳母をやるぐらいですから、下の村に子供がいるのです。でも、住み込みの乳母の仕事だから、子連れは具合悪いと言われ、単身で先生のところに。

他人と同じ屋根の下で暮らすことに違和感を覚えたヴィットーリア、とうとう別居します。そうなると、なにか波乱があるんじゃないかと思いますよね、先生とアンネッタの間に。ヴィットーリアもそれを疑います。先生が文盲のアンネッタに乞われるので、やむなく読み書きを研究の傍ら教えることに。当然二人の距離が縮まります。

アンネッタの一人息子はなんと近くの民家に預けて時折、先生の目を盗んでは授乳に行ったりしてたのが、どうも怪しいと睨んだ先生に見つかり、即刻乳母はクビと宣告されてしまいます。いやいや、ちょっと待って先生、違うんです、と必死の弁明のアンネッタ。さあ、どうなったか・・・。

いやいや、ここがいい話なんです。アンネッタの亭主というのが当時吹き荒んでいた社会主義運動の渦中にある人物で、獄に収監されています。彼女に手紙を書くのですが、文盲ゆえ先生に読んでもらうことに。しかし、学のない彼女にはほぼ理解不能。でも、すばらしい文章らしいってことは理解するんです。向上心も好奇心も強い彼女、自分からも返信したいと先生に願い出るわけですね。

でも、そのレベルに達する前に、先生の家から出ていくことになるんで、先生、どうしたか。なんと代筆をするんです。女が男に出す手紙と前置きして入院中の女性に読ませます。そこでLa Fineとなるんですが、将来に向けての希望と自由を希求する気持ちを滲ませた素敵な文面なんですね。暗転して静かに音楽が流れ、幕となります。

撮影が見事です。一幅の絵画のようなシーンに溢れています。不穏な調べを奏でる劇伴も素敵です。精神科医を演じるファブリーツィオ・ヴェンティヴォッリオの抑えた演技も光りますが、その妻、情緒不安定なヴィットーリアを演じるヴァレーリア・ブルーニ=テデスキって、こんなにも儚い感じだったかと思わせるほどの表情を見せるし、角度によってその横顔の美しいこと!

笑ってしまったのは、幼児の扱いに慣れない先生が、乳母から託されて我が子を抱き、なにか歌ってあげたらと乞われ、なにを歌っているかと思えば、これがなんとレオンカヴァッロの「道化師」の最も有名なアリア、Tu sei pagliccioなんですね。我が子をあやすところでオペラアリアしか浮かばないというのが傑作です。