ぐらっぱ亭の遊々素敵

2004年から、主に映画、音楽会、美術展、グルメなどをテーマに書いています。

マタイ受難曲、ついに本番@第一生命ホール(トリトンスクエア、晴海)

230416 昨年9月12日にスタートした当企画も、本番を迎えました。8ヶ月間、一回も休まず練習に励んだ甲斐あって、なんとかここまで辿り着きました。さすがに最後の68番を歌いながら、ちょっと感傷的になっていました。

ソロを歌う人は上下とも黒です。愚亭は最後列、右から3番目。

この先生のこと、まったく知らなくて、後日知り合いのプロのオペラ歌手やピアニストに聞くと、ほとんどの人が知っているほどの著名人だと分かりました。確かにYouTubeでチェックすると、いくつか動画が出てきます。中には20代後半で、かの有名なソプラノ、エリーザベト・シュヴァルツコップに指導を受けている場面も見られます。

驚愕すべきは、8歳からマタイ受難曲は歌っていると豪語するだけあって、全パート、全楽章をすべて誦じていると言う、驚異の技を持っていることで、練習中もまったく手を抜かず、自ら実例を示して指導することで、こんな合唱指導はここ以外ではあり得ないでしょう。

しかも、初日練習、こちらは他の合唱団同様、まずはパート別に音取りから始めるものと悠長に構えていたら、「じゃ、やりましょう!」といきなり歌い始めるのですから、ただただ譜面上を眺めながらおろおろするばかり。聞けば、氏の門下生が半数以上(男性は違うと思いますが)で、しかもプロとして活躍している人が何人もいるので、少なくとも女声陣は普通に歌えるわけです。

対する男声陣も、すでに経験者が結構いるようで、そこそこいきなりでも歌えているんですね。こりゃ、ついていけないと思い、一時は1回でやめようかとすら考えたほど。でも、根がケチですから、すでに月謝も払ったことだし、とりあえずその分だけでも出てやろうと思い直し、音源を頼りに自習もして行き続け、20回の練習をこなしました。

私が所属した2コア(オケも合唱も2組に分かれての演奏なのでこのように呼んでいます)のバスは3人、1コアは5人、テノール、7人、計15名、対する女声陣は実に33名と倍以上で、しかも歌える人が大半と、バランスを欠くことに。

ま、このような男女差は、合唱界ではごく普通のことですから、ハイルマンさんも途中までは男声陣に向かって友達を連れてくるようにと何度も言っていたのですが、諦めましたね。それに本番会場の舞台が狭く、ぎりぎりだったようで、このままのバランスで行かざるを得なくなったようです。

ご覧のようにソリストだけで20人ほどが登場します。ごく端役は団内で調達、本格的な独唱には団内のプロと、一部外部からプロの歌手を揃えた形になりました。

そして本番スタートです。一番奥に陣取る男声陣には山台の上に椅子が置かれてましたが、その前の2列の女声陣は山台に直に座るということになり、女声陣はちょっと気の毒でした。

客席は、確かに満杯でした。席について前方を見るといきなり娘の姿が確認できました。他の知り合いの来場者は、あちこち視線を移動させるものの、とうとう誰も確認できないまま終演。途中10分ほどの休憩を挟んで、やはり3時間と20分ほどかかりましたね。

長いソロがつづくところは、合唱団は着席しますが、立っている箇所が、覚悟していたとは言え、相当長く、徐々にゲキ重の楽譜が腕にずっしりと負荷をかけ、これが結構きびしかったです。これからマタイ受難曲を歌う人に、ベーレンライター版はおすすめしません。私もペーターズにすべきでした。その辺の情報が事前になかったものですから、仕方ありません。

この長い長い作品、海外も含めて何度も生で聞いていて、その都度、途中で居眠りがでました。それは自分の無知のせいで、そうなるのです。やはり、キリスト受難の場面を描き分けているのですから、事前に内容をしっかりと把握し、それぞれの楽章でどういうことを歌っているかを理解しないと、眠くなるわけです。今回、字幕が出ていて、これは正しい鑑賞には相当役だったと思います。

舞台下手前面に陣取った福音史家とイェス役が、状況を解説し、それに呼応して、合唱やソロが歌うというスタイルで進行していきます。合唱はコラールと呼ばれる形式の合唱を主に歌い、合間にそれぞれのパートのソロがアリア、レチタティーヴォなどを歌っていきます。

これらの中では、とりわけ美しく聞き応えがあるのはソプラノが歌う第8曲Blute nur(血を流すがよい)、アルトが歌う第30曲 Ach, nun ist mein Jesus hin!(ああ、今は私のイェスは行ってしまった!)、同じく第39曲 Erbarme dich, mein Gott(憐れみ給え、我が神よ)、ソプラノの第49曲 Aus Liebe(愛ゆえに)、そしてバスが歌う第65曲Mache dich, mein Herze,rein(私の心よ、汝を清めよ)でしょうか。

もちろん他にも合唱も含めて美しい珠玉の楽曲が散りばめられています。ほんとにこんな作品を残してくれたバッハの凄さを、今更ながら思い知らされました。歌ってみないとなかなか真髄ってわからないものという感想を抱きました。

カーテンコールはプロのソリストたちが前方に並びました。

蛇足ながら、いささか自慢めきますが、バッハがこれを1729年に初演したライプツィッヒの聖トーマス教会に東ドイツ時代に行ったことがあり、そこのパイプオルガンで「トッカータとフーガ」を聞くチャンスに恵まれました。

一度歌ってみたかったバッハの最高傑作を歌い終えて、なにか気が抜けたような虚脱感に襲われています。マタイロスかも知れませんが、もう一度とはならないでしょう。体力的にも今回が限界だったような気がします。

ハイルマン合唱団は今年の秋にヘンデルメサイア(ミューザ川崎)、そして来年春には再びマタイ受難曲の公演(横浜みなとみらいホール)が予定されています。

終演後、バスのメンバーを中心に10名ほどで打ち上げで大いに盛り上がったのは言うまでもありません。

上に紹介したMache dichを歌った二期会杉浦隆大さんと。横も縦もでかいでかい!以前から何度か聞く機会があったのですが、彼がジュピター役で出演した「天国と地獄」(オッフェンバック)@日生劇場を見て、その進化ぶりにびっくりしました。

今回、練習でずーっと伴奏でお世話になった早川揺理先生。偶然、自分が所属する地元合唱団、大田区民第九合唱団でもお世話になっています。本番ではチェンバロを弾かれました。

さて、マタイ受難曲なんか、自分の年齢を考えれば歌うことはないものと思い込んでいたのですが、愚亭をこの合唱団にいざなったのが今回アルトで大活躍(素敵なソロを3曲も!)された星 由佳子さんです。その昔、第九でたまたま同じ舞台でアルトソロを歌われたのをきっかけにファンになって、何度か演奏会に伺っています。

日本人離れした容姿、上背、加えて深みのある低音から輝くばかりの高音(ソプラノ音域)までカバーしてしまう大物要素をたっぷりまとった歌手です。驚くことに、初日からほぼ休むことなく住まいのある甲府から練習に通い詰めました。ご自分のソロ・レパートリーはもちろん、合唱パートもすべて歌われ、どれだけ今回の公演に尽力されたか分かりません。今回の演奏が大成功だったとすれば、彼女が功労者の一人だったことは間違いないでしょう。

長くなったついでに、もう一つだけ。上手に陣取る2オケの右端のコンバス奏者、突如歌い始め、会場、一瞬どよめいたようです。彼がソロを歌ったのはユダの役です。短いソロですが何ヶ所かありました。

これが噂のユダ・井上こと井上 淳さん。ついでに奥様はプロのチェロ奏者。

彼の話では、もともとコンバスでの出演という話だったのですがオケの練習がない間、ヒマでもあるのでバスパートで合唱練習に参加、これが深くていい声のバスなんです。ハイルマン先生に目をつけられ、先生が思いついたのが二刀流というわけでした。滅多に見られない光景となりました。

終演後、彼の声がけでバスの打ち上げをやり、大いに盛り上がりました。

なお、上の会場写真は井上さんのfbから本人に断って拝借しました。