ぐらっぱ亭の遊々素敵

2004年から、主に映画、音楽会、美術展、グルメなどをテーマに書いています。

「カルメン」@METライブビューイング

240313 ひさびざのMETライブビューイングです。今回はニュープロダクションの「カルメン」です。

オペラの舞台を現代に移すという公演はもはや珍しくもなんともありません。カルメンの舞台は本来19世紀のセビリヤで、タバコ工場からスタートしますが、本作では現代のアメリカ、タバコ工場は兵器工場です。また、エスカミリオは闘牛士ではなくロデオの花形選手、密輸団の活躍場所はピレネー山中ではなく、国境(カナダかメキシコか不明)という設定です。

ということで、兵器工場の周辺は軍人が厳重な警備にあたっています。それにしても、上の写真を見て、これがカルメンの舞台とは想像外でしょう。まして、カルメンを演じるのがご覧のように、かなりごっつい野生味たっぷりの女性となれば。(笑)

そうなんです、なんと言っても話題はタイトルロールのアイグル・アクメチナと言う、なんと27歳の新星です。顔は・・・太々しいというと失礼ですが、そうとしか言えません。体幹もしっかりしていて、抜群の運動神経がありそうで、演技でもそれが生かされています。特に、最後の場面では。

この名前、珍しいし、それよりまず覚えられないでしょう。アイグルはともかく、姓が!調べたら、ロシアのバシュコルトスタンという、これまたややこしい名前の共和国の中の田舎町出身!

このロシア内共和国、ロシアの最南西部、ウラル山脈の西側で、カフカスに近いところです。カフカスクラスノダール出身のアンナ・ネトレプコに顔つきがなんとなくに近いのは、そのためでしょうか。

話がそれましたが、天性の声は親譲りとか。強靭な声帯なんでしょうか、滑らかで太めの声がらくらくと出てしまうという印象です。いるんですね、こういう天賦の才能にめぐまれた歌手が。

この不思議な光景は、実はハイウェイ途中の給油スタンドの上です。カルメンが一旦は好きになったドン・ホセ(本作ではドン・ジョゼと発音)と仲違いするシーン。帰営ラッパが遠くに聞こえ、気もそぞろになったドン・ホセに、「そっかあ、あんたって人はその程度なんだね!」と言われてしまいます。

給油スタンドだから、そこそこ高いので、ここに乗って歌唱と演技は、それなりに危険でしょう。しかも、手にはナイフですよ。これ、実はカルメンのこの派手なブーツに仕込まれていて、これを取り出すもんだから、危ないからやめろ、とホセが取り上げているシーンですね。ラストシーンの伏線になるところでしょう。

ドン・ホセを演じたポーランド出身のピヨートル・ベチャワ、メトの常連です。随分さまざまな役をこの舞台で演じています。現在58歳ですから、アイグルさんより30も年上ということです。上手いのですが、かつてほどのパワーが感じられなくなっています。

ホセの許嫁、ミカエラを演じるのは現在40歳のエンジェル・ブルーという、ロサンゼルス出身の黒人。これがまたいい声なんです。繊細、かつ力強くて!残念ながら日本にはこう言う声を出せる人はいませんねぇ。

それに、名前がいいじゃないですか、エンジェル・ブルーですよ!これって本名というから驚きます。カルメン役の歌姫の名前との対比、すごいです。ミカエラというのは、かなり清楚な設定なんで、登場した瞬間は「アレレ?」ってな印象でしたが、笑顔が素晴らしい人なんで、すぐに目がなじみましたね。

この人も相当大柄です。そう言えば、主役4人ともりっぱな体つきで、オペラの国際舞台に立つなら、やはりねぇ、見栄えも大事。その意味でも日本人はマダム・バタフライが関の山かもと、つい自虐的になってしまいます。

ついでに、エスカミリオもアメリカ出身のバリトンカイル・ケテルセン(北欧系かな)で、上背はあるもののちょっと線が細いかも。声にもちょっと精悍さが欠けるように思いました。

↑最後のシーンのセットです。ロデオの競技場ということですが、さすがにロデオはここではできないので、道化役が数人登場して、子供達とのやりとりで、まさに「お茶を濁す」と言う格好になります。この場面は苦しいです。しかも、歌の歌詞はすべて闘牛の内容ですからね。

そして、このセットが回転して、カルメンとホセの最後の見せ場となります。普通はホセが隠し持ったナイフでひと突きとなるわけですが、なぜか一隅に野球のバットかな、が置かれていて、まずはカルメンがこれを持ってホセに詰め寄ると、ホセに逆に奪われて、最後はこれが凶器になって一撃です。この時のカルメンの倒れ方があまりに迫真的で、びっくりします。

てな具合で、うまいこと現代のアメリカ版にしたのは成功だったようです。特に感心した演出は1幕の兵器工場で舞台上手側に正面だけ見えていた巨大なトラックが、2幕では横向けにして、高速道路を疾走中という設定にしてあり、車輪を実際に回していて、背景は多数のLEDライトの点滅で、疾走感を出していることです。

その巨大トラックの荷台を開け、そこでカルメン他、女たちが歌ったり踊ったりと。そこへ密輸団の一味がピックアップ・トラックや、エスカミリオ乗車の高級車が追いついてくるというシーン。いくつもの車を左右に動かしながらの演出、見事としか言いようがありません。

また、舞台転換では、紗幕というより何か特殊な幕が用意されていて、そこにさまざま照明の当て具合で影絵を浮かび上がらせる手法が採用されているのですが、これが極めて効果的でした。

こうした工夫が満載のMETの舞台は、やはり今や世界最高のオペラ上演劇場と言って差し支えないと思います。特にこうした新演出の場合は。

METライブビューイングのもう一つの楽しさはいつもながら、舞台裏です。今回のインタビューアーはアメリカ人歌手のマシュー・ポレンザーニ。それにしても、ポーランド人だろうが、ロシア人だろうが、ここに登場する主役たちの英語のうまさよ。この点でも日本人にはちょっと難しいところでしょうか。

上映時間が4時間近いので、ちょうど昼食時間帯にインターミッションが入ります。舞台転換の様子を見たりしながら、館内でランチを楽しめるのもいいですよ。

上の画像は、METライブビューイングの公式ホームページからお借りしたものです。