190619
「魔笛」は、他のオペラ同様長いこともあるが、物語が単調ゆえ、特に後半になると必ず一度は睡魔に襲われる。この青島魔笛は違った。最後まで舞台に惹きつけられっぱなしで、今更ながら、彼の企画発想力、構成の見事さには改めて脱帽である。
自分がプロデュースした上演は何が何でも聴衆に満足して帰ってもらうという、執念のような、彼の思いがよく伝わってくる。そのために、全体の枠組みはしっかり押さえた上で、ここまでやるかと思わせるほどダイナミックに、舞台を昼夜間部のある「学校」にしてしまっている。それも、原曲に対する深い考察があってこそだろう。
そこには尊大な校長、忖度する教頭、校長が絶対に頭が上がらない理事長(故人だがミイラという設定の母親)、生徒の指導に執念を燃やす体育教師、暴れまくるスケバン、気弱な転校生、用務員、給食配達人、小学部委員、などなど、これだけ聞いただけで即、興味シンシンである。さらに、もともと「魔笛」に含まれていないオペレッタの楽曲などを随所に仕込みながら、進行していく。
お目当の江口二美は他のベテラン姐御たちと夜間部不良少女としてセーラー服に恐ろしいメイク、さらに物騒な刀剣類を引っさげて登場、なんと「こうもり」からアデーレが歌うアリアなどで、最高音ハイDを延々ひっぱるなど、離れ業を演じ、やんやの喝采!普段から居合道などにも親しんでいるから太刀さばきもなかなかのもの。
毎度、派手さはないとしても、名脇役として輝きを見せる名手、赤星啓子演じるは、パパゲーナだが、例によって終盤までずーっと老婆として登場していて、その卓抜せる技の冴えには、目が釘付け状態。顔の表情の一つ一つ、所作振る舞いの滑稽にして狂いのない動きは、まさに名人芸!日本オペラ界の人間国宝級!と大賛辞を惜しみなく贈りたい。
もう一人、お目当の鐡由美子は久しぶりの夜女で登場、つややかな高音は相変わらず聴衆を魅了、健在ぶりを示した。一時は結婚、出産、育児と、しばらく舞台からは遠のいていたが、よくここまで復調してきている。
他に以前からよく聞かせてもらっているが、すでに中堅どころのテノール・リリコ・レッジェーロとして活躍中の志摩大喜、出ずっぱりのタミーノは相当な重荷だったか!冒頭から高音が続くから、かなり消耗する(横になっている時間もあるにはあるが)。今日は前から2列目に陣取ったから、顔から汗が滴り始める様子がよく見え、いささか心配になったほど。
車椅子で下手から登場した瞬間、なぜかマチュピチュの光景が目に浮かんだ。そう、インカ帝国のミイラ。それほど迫真の化け方だ。この方、20年ほど前に、二期会マイスタージンガーのメンバーでミューザ川崎でお聞きしたのが最初だと思う。小柄だが、結構大きく見える存在感があり、演技も歌も一味違う技巧派として印象に残っていた。青島広志のキャスティングの冴えがこんなところにも。
忘れては行けないのが、楽器役で登場したお二人。魔笛、つまりフルートになったのが小川栞奈(かんな)で、まだ学院生らしいが、きれいなコロラトゥーラで、物怖じせずのびのびと歌っていたのが印象的。魔鈴(まれい)役は、”青島楽団”にもしばしば登場しているが、N響、東響、佼成ウィンドオーケストラなど幅広く活躍するパーカッショニスト山口多嘉子。メイクもしっかり、白いコスチュームも着込み、そして商売道具(?)、おもちゃの鉄琴を腰に付けて、パパゲーノにからみながらの演奏。フリもあるし、普段やり付けないだけに大変だったろうが、結構楽しんでいた様子も。
終演後、広くもないロビーでは、例によって出演者とファンの交歓があちこちで。
会場の日本橋劇場こと日本橋公会堂は水天宮前に1999年にオープンしたホール。下の部分は区役所や他の施設が入り、4階5階をホールに充てている。
#34 文中敬称略