ぐらっぱ亭の遊々素敵

2004年から、主に映画、音楽会、美術展、グルメなどをテーマに書いています。

「ドン・カルロス」@METライブビューイング

220518

壮大のきわみ!METライビビューイングの凄さ、改めて。

多分、この作品、数回しか、それも遠い昔に見た程度です。そもそも公演自体が少ないですから。これをMETライブビューイングで見られる幸運に恵まれました。仏語版は実に正味3時間半以上、休憩時間やインタビューなどの時間を含めると、5時間近く映画館にいることになり、これは愚亭には新記録です。この長さですと、たとえばワグナーの「ジークフリード」などでは、5千円以上となるところですが、本作は@¥3,700とお手頃なのです。長さだけで値決めしているわけではなさそうです。ヴェルディよりワグナーが高い?んなわけないっすよね。



さて、ヴェルディの23作目となるこのオペラ・セーリアはまごうことなきグランド・オペラの傑作中の傑作でしょう。個人的にはイル・トロヴァトーレの方が好みですが、本作もそれ以上の出来栄えでしょう。パリ・オペラ座からの依頼なんで、元々フランス語版として作られ、後にイタリア語版、それもやはり3時間半は長すぎるとのことで、短縮版も作られたようです。冒頭のフォンテーヌブローでのドン・カルロスとエリザベッタの出逢いや途中のバレエシーンをカットしたりと。しかし、今回見たのはすべてオリジナル通りで公開されました。それだけでも価値があると言えます。

普段イタリア語版で鑑賞していると、なんか違和感でもあるかと思ったら、んなわけ、ないです。本来は逆に考えるべきでしょう。カルメンをイタリア語版で鑑賞したことがありますが、それこそ違和感、たっぷりでした。

親父のフェリペ2世に、自分が愛するエリザベッタを奪われる形になった息子のドン・カルロスにして見れば、とても自分の居場所なんかないです。そこを救ったのが王の忠実な臣下ロドリーゴで、二人は大親友なのです。でも、ロドリーゴは策士で、親友のふりをしていただけかも知れません。フランドルを救うことに命をかけていましたから、ある意味、カルロスを犠牲にしていた可能性があります。しかも、王からはエリザベッタとカルロスの関係を監視せよと厳命されてましたし。

数ある名二重唱の中でもとりわけ秀逸なDio, che nell'alma(共に生き、共に死ぬ」と義兄弟の契りを結ぶドン・カルロスとロドリーゴ。いやあ、これほど名唱は滅多に。

結局史実では、王から監禁され23歳で獄死というから、なんとも哀れです。しかも、近親結婚を繰り返してきたハプスブルグ家ゆえなのでしょう、青い血が流れているなどと言われ、彼も一種の不具で、もともと長生きはできなかったらしいです。ちなみに、彼の死から数ヶ月後にエリザベッタも病死しています。なんとも悲しい話ではります。

ブルガリア人、ソニヤ・ヨンチェヴァ演じるエリザベッタの素晴らしかったこと!

愛する人が突如自分の息子になってしまい、戸惑いつつも運命に従いフェリペ2世に妃にならざるを得ない苦悩をめいっぱい表現していました。低音から超高音までまったく無駄も無理もない流れるような歌唱は、ちょっと他の追随を許さないという近寄り難い雰囲気でした。

昨年夏、やはりMETライブビューイングで見た「ポーギーとベス」でもその歌唱力と演技力には脱帽でしたが、このフェリペ2世役もあたり役。

この人の存在感、凄いです。エリック・オーウェン本人がまたチャーミングな人柄らしいです。王の苦悩する姿、表情がやきついています。後半4幕で歌う「一人寂しく眠ろう」はまさにゼッピン、拍手とブラーヴォ、鳴り止まず。

タイトルロールのマシュー・ポレンザーニは名前からして分かるように、イタリア系アメリカ人。明るく、ハリのあるリリコ・スピントで、この役はもうこれ以上ないほどピッタシ!ロドリーゴとの相性もバツグンでしたねぇ。

他にロドリーゴをやったエチエンヌ・ドゥピュイ(フランス系カナダ人)、エボリ侯爵夫人のアメリカ人、ジェイミー・バートンのものすごい響きの奥深い発声のメゾ・ソプラノ、そして忘れてはいけないのが大審問官を演じたバス・バリトンジョン・レリエ、この人もカナダ人ですが、まだ50になったばかりで、なんと堂々とし演技と歌唱でしょうか。しかも目力と存在感には圧倒されました。なんで50になったばかりであんな雰囲気が出せるのか。

こうして主要6役に当代最高の歌い手を揃えたからこその大成功でしょう。それと、やはり今回も舞台の見事なこと!METライブビューイングを見る楽しみの大きな要素でもあります。よくここまで、と毎回感心するしかない美術部門の活躍でしょうね。

そう言えば、今回の放映時間が長くなったのは途中にウクライナ支援の動画が挟まったりしていました。国歌を歌ったり、ベートーベンの第九の終演部の演奏(字幕にはありませんでしたが、メゾはエボリ侯爵夫人をやったジェイミー・バートンテノールポーランド出身のピヨートル・ベチャワでした。ソプラノとバスはわかりませんでした。

それと、冒頭、METライブビューイングの宣伝動画が毎回映るのですが、そこにはもうアンナ・ネトレプコの姿はありませんでしたね。ちょっと寂しいです。ヴェレリー・ゲルギエフ同様、プーチンと仲良しという理由で、メトは外したのです。もったいないことです。

なお、画像はMETライブビューイングの公式HPからお借りしました。