ぐらっぱ亭の遊々素敵

2004年から、主に映画、音楽会、美術展、グルメなどをテーマに書いています。

「ルチア」@日生劇場

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日生劇場のオペラ・シリーズは廉価な割に豪華な内容で毎回、満足しています。スコットランドを舞台にしたドラマをドニゼッティがオペラ化したものですが、見どころ、聞かせどころがたっぷり用意されています。

が、やはりなんと言っても、タイトルロールが演じる延々20分に及ぶルチア狂乱の場でしょうか。それを、今、日本のオペラ界では屈指のソプラノである森谷真理さんが見事に演じています。

この人、高音がなんの苦労もなく出せるという、まあ、一種、天才ですかね。ほんとにふわっと出てしまう、出してしまう、それも超美しくですからね。まあ、こんな人は滅多にいないと思います。タッパもあって、舞台姿も際立っていますし、こういう悲劇のヒロインにはうってつけでしょう。

エドガルドの宮里直樹さん、最近メキメキ頭角を表しています。今日、じっくりと聞きましたが、この人の声はほんとに美しく、そしてよく響きます。無理がありません。ないものねだりですが、これでもうあと5cm上背があれば、非の打ちどころのない偉大なリリコ・スピント・テノールでしょう。(失礼な言、お許しを!)

ルチアの兄、エンリーコの大沼 徹さんは、なんと我が地元合唱団の定演に出ていただいたこともあり、とりわけ親近感を抱いていますが、体型といい、お顔といい存在感たっぷりで、見事な演技と歌唱でした。妹を犠牲にして策を弄しすぎる傾向がありますが、実は意外に脆い一面もあり、ルチアに対する愛情も細やかという難しい役どころを、抑制を効かせつつ、しっかりと演じ切りました。

亡霊が無闇に動き回ったり、紗幕の裏側でなにやらストーリーが展開しているらしいのですが、結局よくわからず、この演出には、いささか疑問符がつきました。当方の理解不足でしょうけど。

せっかくのC.ヴィレッジシンガーズの見事な合唱でしたが、全員マスク着用で、気の毒でした。秀逸だったのは、舞台デザインと照明で、こういう舞台が日本でも普通に見られるようになったのはありがたいことです。

北欧のハンマースホイの作品のような暗く沈んだ室内、そして手前では、明暗をくっきりわける照明が、まるでジョルジョ・ラ・トゥール、あるいはカラヴァッジョの作品を彷彿とさせるような場面を構成して、強く印象に残りました。

柴田真郁さんの振る読響もよく全体を盛り上げてました。そして目新しいのはヴェロフォンと言われるグラスハーモニカの演奏が加わったことです。ドニゼッティはもともとこれを狂乱の場に使うという構想で作曲したのだそうです。ただ、演奏者の数も少ないことから、フルートが替わって伴奏を受け持つようになったとか。舞台下手、特設のブースでグラスをずらっと並べて演奏していましたが、意外に大きな音が出ることに驚きました。

演奏するサッシャ・レッケルトさん。ネットからお借りした画像です。ガラス楽器専門の演奏家、楽器製作者。ソロ演奏家として、世界の主要歌劇場に出演。またアンナ・ネトレプコディアナ・ダムラウなど超一流のソプラノとの共演も。”ヴェロフォン”は氏の発明ということです。

終演して、拍手鳴り止まずでしたが、小雨予報だったので、早めに退出しました。

蛇足ながら、ベースになった原作、ウォルター・スコットの「ラマムアの花嫁」って、実話だそうです。ラマムア(Lammermoor)、地図で検索したら、グラスゴーの南東15kmにあるその名もキルブライド(Kilbride - 花嫁殺し)という地区にある、たかだか120mほどの通りの名前でした。

念のために、地面に降りてストリートビューで眺めると、なんの変哲もないうら寂れた通りです。こんなところが、今でも世界中で盛んに公演される名オペラの舞台というのは、ある種、感慨深いです。多分にスコットランド方言に近いラマムア表示ですが、これがイタリア語になるとランメルモールとなるのは合点が行きます。一時、ランメルムーアとする表示も通用していましたが、これだとイタリア語読みと現地読みの混合スタイルですね。

んで、内容ですが、対立する家でありながら、男女が恋仲となるも没落を免れようと片方が政略結婚を企図し、犠牲になった娘が婚約相手を刺殺し、自らも狂死、恋人も後を追うというもの。なにやらロメオとジュリエットのようでもありますね。

日生劇場からお借りしました。

⬆︎この絵画的構図、そして明暗が秀逸です。エンリーコが含まれていないのが悔やまれますが。